21-01-05 プチな意図をこころにともす

 

新しい年があけ、あっというまに日常がまわりはじめました。

今年の新たな決意さえも、忙しい日々にまぎれて「あれ?なにを決めたんだっけ?」とアタマのかたすみで忘れさられているかもしれません。

変化を起こしたいとき、私たちは大きな改革を一気に起こそうとします。今まで進んでいた方向から理想のゴールへ、えいっ!と一気に180度曲がりきろうとするのです。

でもそれは、いまの自分とはあまりにかけ離れているのでリアリティがなく、あっというまに興味が失われます。キラキラ輝くステキな決意の一瞬として、日記や手帳のかたすみに消えさります。

そうならないためにも、

なにかを変えたいと思うときには、「ほんのちょっとの違い」を大切にしましょう。

少しだけ、いつもの自分とは違う、バージョンアップしている自分を大切にするのです。

そのバージョンアップとは、思いや言葉や行動です。

表現されることはほんの小さなことかもしれませんが、その下にある意図は大きなものも、小さなものも、意図としてはまったく変わりがありません。意図は意図として偉大なのです。

大きさに関係なく、愛は愛であり、やさしさはやさしさです。

たとえて言えば、100人に対するやさしさも、1人に対するやさしさも、こころのやさしさとしては変わらないものです。

いつもだったら「ここまででいいや・・・」と満足している思いやりを、もう一歩ふみこんでみる、とか。

「ありがたかったな〜」とか、「助かったな〜」とか、「そういうところステキだな〜」とこころのなかでひそかに感謝して、口にしないままになってしまう思いを、あえて相手の人に伝えてみる、とか。

関係が気まづくなって、相手から離れたいと思うときに、勇気をだしてそこにとどまり、自分の正直な気持ちを伝えてみる、とか。

つい怒ってしまいそうになる場面で、「どういうことか理解してみよう」とふみとどまってみる、とか。

とにかく、いつもよりプチ、思いやりや、やさしさ、気遣い、勇気、愛、正直さをバージョンアップさせてみること。ここまで!と思っていたことを、もう少し盛ってみること。

いくらそれがプチであろうとも、そこにある意図はプチではないからです。

私たちのこころは、そんな小さな方向転換を「変化」としてしっかりとキャッチします。

そして、方向転換の意図はかならず、自分の目にする世界に同じものをはっきろと示してくれるようになります。

気がついたら、自分のプチな意図が大きくなって、広がって、自分を包みこみ、そんなやさしい世界に住んでいることに気づくかもしれません。

プチであろうが「意図」こそがすべてです。表現の大きさは関係がありません。

だから、こころのなかでささやかでも愛とやさしさと思いやりの炎をともしたら、それを世界にかざしてみましょう。

マッチ売りの少女のごとく、ともされた炎はきっと違う世界を見せてくれるはず・・・♡

 

 

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