気づきの日記「世の中って、不公平?!」

カウンセリングでしばしば耳にするコメント、それは「世の中って不公平。知り合いの○○さんは親がお金持ちだから生まれたときから何でもやり放題。わたしときたら云々・・・」

たしかに、各家庭の経済状態はおのおの違います。

昔はわたしも「はじめからすべてを持っている人は人生ラクでいいな〜」と思ったものです。しかし、長年こういう仕事をしているとまた違った目線を持つようになるのですね。

その人にそのとき起っていることは、その人の人生のほんの小さな通過地点にすぎないということ。すべてのことは変化してゆくのです。そして、それぞれの人生の中には山あり谷あり、さまざまなことが起こります。たった一点、一時期を見てその人の人生を判断することはできないものです。おうおうにして、谷間の部分は人に語られることがないのです。カウンセリングルームの中で語られることはあっても。そして、人の心はたくさんの葛藤を抱えているのが常なのです。

だから、もし誰かの人生をうらやましく思うなら・・・「生まれてから死ぬまで、容姿も家庭環境も性格も感じ方も、苦しみも葛藤もなにもかも、その人と入れ替ってみましょうか?」とわたしはたずねます。それは、今の自分をみじんも残さず、その人になり替わるということ。

もれなく、みなさまのお答えはNo!です。「いやだ〜!○○ちゃんの経済状態はうらやましけど、まるごと彼女にはなりたくない」と(この問いでYes! と答えた人が一人もいないことから、結構わたしたちって自分が思っている以上に自分を愛してるのかも・・・)。

わたしたちはその人の光っている部分にばかり注目して欲しがるけれど、隠されているどんよりした部分もたくさん存在しているのです。それに人生は長い。今、光っているからといって、一生光り続けられるとも限らない。自分の人生も長い目で見てあげましょうよ。

いちばん幸せなのは、何かが「欲しい」という気もちがあって、そしてそれがなんとか「手に入って」、そのことに「感謝して」「喜べる」こと。

おうおうにして、はじめから持っている人には、それがあまりにもあたりまえすぎて、それを「持っている」」という自覚すらないし、「欲する」気持ちもないのです。「わくわく」も「どきどき」も「やった〜!」も「神様、ありがと〜」もないわけです。つまり、体験としては何も起こっていないわけです。けっこう、退屈?

それにくらべて、「欲しい」「持ちたい」「体験したい」と思っている人は、豊かな人生に恵まれます。なぜなら、わたしたちはその気持ちのすべてを体験できるから。

なぜ、わたしたちが身体をもってここにいるのか。結局、「体験」したいのですよね、せっかく創り出した身体を通して。そして、「持ってない」を知っているからこそ、「持ったぞ〜!」を素直に喜べる、感動できる。

なので、持っていないことを憂うなかれ!持ってないは「持っている」といことを劇的に感じるお恵み、最高のチャンスなのです。そして、わたしたちはそんな豊かに「感じる」人生を選んできたのですよね。バンザイ!!たくさん感じて、たくさん体験しましょう♪