わたしは腕時計好き。結構な数のコレクションがあるのです。でも、実際動いているのは6〜7個といったところ(それでも多いね!)。
中には、すでに修理ができないにもかかわらず捨てられないものもある。フランスで買った「星の王子様」ウォッチとか、「フランス革命200年」ウォッチ、そしてアンティックウォッチも。
今回、数年前まで使用していた手巻きのアンティックウォッチ二つを修理して下さる方を見つけてたので、見積もりをお願いした。
ひとつは、SEIKOのもの、もうひとつはスイスのドレスウォッチ。どちらも60年以上前のもの。今まで、たくさんの時計屋さんの門を叩いてきたけど、どこも一瞥するなり「これはムリ!」と修理を断れていたもの。なんせ、部品がもうないのですから。
でも、その方はご自身もアンティックウォッチの愛好家で、動かない時計に息を吹き込む名人なのです。
見積もり・・・わお!思ったよりもずっと高かった・・・(汗)。これじゃ、高級な時計がゆうに買えちゃう。
だったら、新しい、ちょっとよそ行きの時計を買ってしまおうか・・・。
でも、あの二人のことを思うと胸が痛むのです。今は、助けてあげられることがわかってしまったから。
下した決断は・・・いくらなんでも二つ一緒に修理する余裕はないので、とりあえず普段遣いのできるSEIKOから修理をお願いすることに決めました。もう一つも、今年中にどうにかしましょ!
ごくごくふつうの古い手巻き時計を、ここまでのお金をかけて修理する価値があるのか・・・と心をよぎる。でも、やっぱりお金じゃない。好きなものはずっと愛し続けたい。
もどってきたら、きっと今までよりももっと愛しくなって、どこのどんなに素晴らしい時計よりも大切になる。そして、この年老いた時計がきざむ時は、ネジをまかないとすぐに止まってしまうけれど、でもゆったりやさしく過ぎてゆく気がします。