「問題を解決するために、高い自己であるハイヤーセルフにお願いしているのですが、いっこうに解決がみえてこないのです」・・・
そんなときは、なにかが違っているようです。
なぜなら、いったんハイヤーセルフに問題を委ねたら、自ずと何らかの解決の糸口があらわれるからです。あるいは、それともわからないうちに、静かに解決していたりします。
では、解決できないように感じるとき、どこを間違ってしまったのでしょうか?
そもそも、問題があると感じているとき、すでに思考が間違ってしまっています。
(でも、そのことで自分を責める必要はありません。またひとつ、今までは気づけなかった自分の癒しのポイントに気づけたからです。それによってかならず、以前よりもよい方向に向かうことができるので、むしろ感謝すべきことなのですね。)
問題があるとき、「思考が間違っていた」らしい?? ・・・ というのは、
目にするすべては「自分が信じているとおりに見えている」ので、ただ「自分が信じているものを見た」というだけなのです。ところが、自分自身の思考の結果に対して、自分で No! と抵抗しているわけです(自分が完全にふたつに分裂しています・・・)。
たとえば ・・・ 「私が得をするためには(幸せになるためには)、誰かにガマンしてもらわなければならない」となにげで信じていたとします(じつは、これは誰もがこころの深いところで無意識のうちに信じている信念です)。
「ある人が得をするためには、他の誰かが損をこうむるべき」と言っているので、それは「誰かが得をするために、私は損をします」という体験にもなるわけです。
すると、私が「得をしよう」とすればするほど、じつは自分に損を招くということになりかねません。
自分が得をしたい(幸せになりたい)という思考が「私は損をするべき」になるとは思ってもいないので、なかなか自分の思考の間違いに気づくことができず正せません。
そして、その間違いのままハイヤーセルフに「お金(必要なモノ・人)を与えてください」とお願いしても、うまくいきません。
なぜなら、ハイヤーセルフは欠乏は見ていないので「あなたには全部ありますよ」と答えるからです。
私たちは「見たいものを見る」というこころの力をもっているので、いくらすべてを与えられていようとも「損はありえる」、そして「私は損をする」と信じていれば、残念ながら「損」を見ることしかできないからです。
そして、私たちは「人に対する想い」こそ自分のこころのなかに存在する想いなので、自分に対してこそ力を発揮する、ということを忘れがちです。人に想うことは、すべてもれなく自分が体験することとなります。
ハイヤーセルフが教えたいのは、「あなたはもともと何も不足していませんよ」「けれども、あなたの考えによって、すでに与えられているものを見えないものにすることもできます」「あなたがあなたに対して、制限の呪文をかけているのです」と。
ハイヤーセルフがそのまま「足りないので満たしてください」というお願いに答えるとしたら、「損」の呪文によって発生した欠乏を受け入れたことになってしまいます。なので受け入れません。
ハイヤーセルフは、「その足りなさは、あなたが自分で自分に制限をかけて存在しているものが見えなくなっているだけですよ。ただ、その制限の思考こそをはずしましょうよ!」と提案したいのです。
すると、「誰かが何かを手にするために、だれもガマンする必要がないし負担を強いられる必要もない」ということがわかるようになります。
これを受け入れることができれば、本来自分に与えられているものをすんなりと受け入れることができます。不足のために、頑張って調達する必要がなくなります。
問題があるように感じるとき、私たちは自分なりの解決策を考えて、それをハイヤーセルフに満たしてもらおうとしがちです。
それよりも、問題丸ごとをハイヤーセルフに委ねてしまいましょう。そして、そこから間違った信念を洗い清めてもらい、ハイヤーセルフの考えと同じにしてもらうことが大切です。
つまり、「私はお金(モノ・人)の欠乏を体験しています」、だから「お金(モノ・人)を満たしてください」とハイヤーセルフにお願いするのではなく、
「どうやら私の考えが間違っていたために、この問題を知覚しているようです。この問題の原因となっている、間違った想いを正したいです」「それがどのような想いなのか、私にはわかりません」「どこで間違ったか、どうか気づかせてください」と言いましょう。
そして、「私ひとりではなく、全員にとって益になる考えをもたせてください」「全員がひとつのものとして、豊かに幸せになれる解決が見たいです」と、問題の根本的な考えの訂正をお願いします。
ハイヤーセルフが変えて欲しいと思っているのは、目に見えているその問題ではなく、この根本的原因、こころに属する部分です。
ハイヤーセルフからの答えは、おそらく感覚的なものかもしれません。「この問題は、大丈夫なんだ」という信頼感、「必要なときに必要なお金(モノ・人)が与えられて、守られている」という安心感。
あるいは、「自分が問題を解決するには、誰かか負けなければならない」など、無意識に信じていた自分を苦しめる信念に気づくかもしれません。
ハイヤーセルフに渡されたものは、必ず浄化されて、浄化されたこころは安らぎのなかで安心な状態を正しく知覚することができます。
安らぎのなかで、問題が解決されていることをすでに知っている存在に委ねて、ただくつろぎましょう。ハイヤーセルフとともにくつろぐことで、全体としての見方が教えられ、すべてが満たされてりうという方向へと自然に正されることでしょう。
(「気づきの日記」バックナンバーはこちら: 古川 貴子/ ヒプノセラピー・カウンセリング )