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気づきの日記 「つじつまのあわないココロの策略 (@_@)」その3

ハタと気づいたA子さんいわく・・・、
「自分が”ぞっこんになってしまう”のがコワイ・・・のかもしれません」と。

「ぞっこんになると、どうなっちゃうの?」とわたし。
「相手にふりまわされちゃう・・・自由がなくなっちゃう・・・・自分自身や自分の人生がなくなっちゃうみたいな」とA子さん。

さらに尋ねてゆきます。

「それに、わたし、コントロールされたくないし・・・・パワーを奪われるのもいやだし・・・」、ああだし、こうだし、そうだし・・・・と会話は続き。

たくさんの信念を掘り出したあと、突如何かひらめいた様子のA子さん。

いきなり、わっと涙しながらひとこと。
「(涙)・・・わたし・・・わたし・・・一人ぼっちになりたくないんです。一人ぽっちにならないために、そのために、ぜったい一人でいなくちゃいけないんです!」

え?一人にならないために、ぜったい一人でいる・・・?ってどういうことでしょう?意味的には矛盾しています。

「誰かとうまくいっちゃいけないんです」とA子さん。

つまり一人ぼっちがコワくて仕方がない。だから、誰かを好きになって、その人がいなくなってしまうショックにはとうてい耐えられない。だったら、いっそのこと最初から一人ぽっちでいれば、安心だし安全だ。傷つかない。自分を守ってあげることができる。好きな人に出会ってしまうと、最終的にはひとりになってしまうリスクがある。だから、自分が好きになってしまう人とは出会わないようにしなければ・・・と、A子さんの潜在意識はかたくなに信じていたのです。そして、それにそった現実を創り出していたのですね。

これには本人さえもびっくりでした。だって、だれが聞いたって、本末転倒。「ひとりにならないために、ひとりでいる」なんて。結局は一人じゃないの??と。

これは、エゴの苦肉の策。はたからみるとこの策略、まったく筋が通っていません。目的にそぐわないトンチンカンな努力なわけです。でも、心ではこれが正しい方法だ!と信じてやっているわけです。ときおり、わたしたちの心(エゴ)は、こんなわけのわからないことを力いっぱいやって、それにエネルギーのすべてを費やしています。だから、本当にやらなくちゃならないこと、やりたいことまで手がまわらないのです。でも、これもすべて自分を幸せにできると信じでやっているのですよね。(けなげ・・・といえば、けなげです。)

ほんとうの信念が見つかったときには、その信念を創った痛みともヒットするので涙がボロボロ出てきたりします。同時に、あきれた信念を見つけた喜びで、泣きながら大声をあげて笑うA子さん。

無意識は意識にのぼらせることによって、消し去ることができます。また、信念というエネルギーとして解放してあげることができます。この「一人ぽっち信念」は消去して、「わたしは、つながる喜びを感じている」というものに置き換えました。

わたしたちは気をつけなければなりません。人間には馴化という、どんな状況にも慣れてしまうスゴイ力があります。幸せでないはずなのに、知らず知らずのうちにそれに慣れてしまうのです。でも、わたしたちは、もともとよい方向に進化して行くようにできているのです。日本人は「耐える」ことが美徳だったりしますが、自分の中のツライ、カナシイ、ミジメ、なんかおかしい感覚には敏感になって、ちゃんと自分を保護してあげましょう。

さてさて、A子さんの恋愛運はこれからどうなることやら?楽しみですね〜!!頭で理解する程度のことでは人生に変化を創り出すのはむずかしかったりしますが、潜在意識が握りしめていたパターンをはずしてあげるとそれが現実に投影されて、環境や体験、または自分の考え方の変化として現れてきます。A子さんいわく、「なんだか、もう大丈夫な気がします!」と心強い返答。心のいらないゴミを捨てると、今まで信じられなかったことに対して簡単に確信が持てるようになります。

それにしても、わたしたちのココロのしくみっておもしろい。つじつまさえあっていないけれど、それでも必死に自分を守ろうとしているけなげさには感心します。でも、そのけなげさこそもっと正しい方向に向け直したら、さぞパワフルな現実を創れることでしょうね♪ Good Luck、A子さん♪その後のご報告、まっていま〜す。

「ねえ、ねえ、びっくりした?」

「とけい草」・・・というと、なにやら小さくて可憐な花をイメージしてしまうわたし。

しかし、「とけい草」はたくましかった!!

鎌倉のお寺の前で見つけた「とけい草」。和風とはほど遠いこの色彩、この造形。

なるほど・・・トロピカル原産だそうな。

よ〜く見ると花びらに見える白い部分はガクで青紫の部分が花びらのようです。そして、突きだした雄シベがまたコミカル。地味なツボミとは対照的に、パッと開いた花が「ねえ、ねえ、びっくりしたでしょ?」とちゃかしているよう。まるでファンタジーの中に出てきそうなお花です。

それでも、やっぱり自然の生み出したものはどんな形でも美しく調和がとれています。

10-06-03 つじつまのあわないココロの策略 (@_@) その2

この心の底で思っている「好き♪」「やめたくな〜い♪」が、くせものなのです。

たとえば幼少期、忙しすぎて相手にしてくれない大好きなママ。そのママからた〜くさんの愛情をえる秘策として、「病弱」な自分を創り出したとします。弱ければ弱いほど、心配をかければかけるほど、愛情や好きな食べ物、オモチャ、ほしいものは思いのまま。ある意味、悲惨であればあるほど効果的と心に決めたことでしょう。

この病弱をやめちゃったら愛情は手に入らないと信じているので、健康になんかなってたまるか!、つまり病弱が好き♪やめたくな〜い♪というわけです。そして、大人になっても病弱・ひ弱さんをやり続けます。でも、本人はこの愛情をえるための苦肉の策のことなど、すっかり忘れています。もともと、無意識に行われているので気づくことができません。

そして、大人の世界ではその秘策が自分の首を締めはじめます。なんで自分はこんなに弱くて仕事を休んでばっかり・・・。完全にまわりから遅れをとっているし、クビになっちゃうよ〜と困り果てます。そして、何かがひとつうまくいかないと、すべてがどんどん悪くなる・・・。これは、ことがうまく運ばないと、自分を悲惨にすることによって優しくしてもらおうとするパターン化した行動です。これは、ひどい悪循環。

た〜くさんの愛情をえるために・・・こどものときはこれでうまくいったかもしれません。が、今や、やり続ける必要はないということに気づきません。愛情をえるには、他にも方法があるのです。しかし、そこに気づけない。その昔うまくいってしまったことは握りしめてやめられないというわけです。明らかに苦しくなってゆくというのに、やめようとしないのです。

このこどものときに役立っていたプログラミングは今なお働き続け、しかしそのカラクリはとっくに忘れさられています。いったん役に立つと思い込んだでしまったら最期、ちゃんとそれに気づいてリセットするまではそのプログラミングは生き続けて効果を発揮しているのです。これが、意にそぐわないこと、自分が困ることが人生に起き続ける原因となります。

過去、自分をハッピーにするために心に決めたことによって、現在の自分の首をしめてしまうわたしたち。状況がどんどん苦しくなってゆくようなときは要注意。間違った道を驀進していることに気がつかなければなりません。「どんどん悪くなってゆく・・・。これってパターン化してない?」と気づくことこそ、方向転換のためのシグナルです。

そんな役に立たないパターンをさがすために、A子さんにこんな質問をしてみます。
「そんなことはないと思いますけど。もしも、もしも・・・ですよ、意識的にダメな相手を選んじゃっているとしたら、なぜなんでしょうね〜?」とわたし。
「えっ?意識的にえらぶ・・・?・・・? そんなはずありません」とA子さん。
「でも・・・もし、仮にそうだとしたら?」
「(長い沈黙)・・・ああっ!!・・・」と、何かに気がついた様子のA子さん。

(その3に続く)

気づきの日記 「つじつまのあわないココロの策略 (@_@)」その2

この心の底で思っている「好き♪」「やめたくな〜い♪」が、くせものなのです。

たとえば幼少期、忙しすぎて相手にしてくれない大好きなママ。そのママからた〜くさんの愛情をえる秘策として、「病弱」な自分を創り出したとします。弱ければ弱いほど、心配をかければかけるほど、愛情や好きな食べ物、オモチャ、ほしいものは思いのまま。ある意味、悲惨であればあるほど効果的と心に決めたことでしょう。

この病弱をやめちゃったら愛情は手に入らないと信じているので、健康になんかなってたまるか!、つまり病弱が好き♪やめたくな〜い♪というわけです。そして、大人になっても病弱・ひ弱さんをやり続けます。でも、本人はこの愛情をえるための苦肉の策のことなど、すっかり忘れています。もともと、無意識に行われているので気づくことができません。

そして、大人の世界ではその秘策が自分の首を締めはじめます。なんで自分はこんなに弱くて仕事を休んでばっかり・・・。完全にまわりから遅れをとっているし、クビになっちゃうよ〜と困り果てます。そして、何かがひとつうまくいかないと、すべてがどんどん悪くなる・・・。これは、ことがうまく運ばないと、自分を悲惨にすることによって優しくしてもらおうとするパターン化した行動です。これは、ひどい悪循環。

た〜くさんの愛情をえるために・・・こどものときはこれでうまくいったかもしれません。が、今や、やり続ける必要はないということに気づきません。愛情をえるには、他にも方法があるのです。しかし、そこに気づけない。その昔うまくいってしまったことは握りしめてやめられないというわけです。明らかに苦しくなってゆくというのに、やめようとしないのです。

このこどものときに役立っていたプログラミングは今なお働き続け、しかしそのカラクリはとっくに忘れさられています。いったん役に立つと思い込んだでしまったら最期、ちゃんとそれに気づいてリセットするまではそのプログラミングは生き続けて効果を発揮しているのです。これが、意にそぐわないこと、自分が困ることが人生に起き続ける原因となります。

過去、自分をハッピーにするために心に決めたことによって、現在の自分の首をしめてしまうわたしたち。状況がどんどん苦しくなってゆくようなときは要注意。間違った道を驀進していることに気がつかなければなりません。「どんどん悪くなってゆく・・・。これってパターン化してない?」と気づくことこそ、方向転換のためのシグナルです。

そんな役に立たないパターンをさがすために、A子さんにこんな質問をしてみます。
「そんなことはないと思いますけど。もしも、もしも・・・ですよ、意識的にダメな相手を選んじゃっているとしたら、なぜなんでしょうね〜?」とわたし。
「えっ?意識的にえらぶ・・・?・・・? そんなはずありません」とA子さん。
「でも・・・もし、仮にそうだとしたら?」
「(長い沈黙)・・・ああっ!!・・・」と、何かに気がついた様子のA子さん。

(その3に続く)

10-05-31 つじつまのあわないココロの策略 (@_@) その1

「男性運がホトホトないんです・・・」とクライアントのA子さん。

「ようやく彼氏ができたかと思えば、妻子持ち。これではダメだと思い別れたものの、出会うのはあきらかにダメ男ばかり。とにかく、フツウの人がいない。わたしって、そういう星の下に生まれてしまったのでしょうか?」と。

わたしたちは意ににそぐわない現実が続くとき、「わたしって運がない」「そういう星の下なのね」・・・と星占いや運勢のせいにして自分を納得させようとします。が、このあきらめ方はちょっと残念。

もともと運がない!と言いきってしまうと、運がない人生が目白押し!さらにひどくなります。「不運だ」といいながら、「強運になる」ことはありえないでしょう。「強運スイッチ」はすでに切れています。

また、占いにしても「えっ?そうなの・・・」と簡単に内容を受けいれてしまうと、その占いに自分をあけわたしてしまい、結局支配されてしまうことになりか
ねません。心理学でいう「預言の自己成就」、つまり無意識のうちに占いを成就させるような行動を自ら起こして、「わっ!やっぱりこの占い当たった。スゴイ!」とびっくりします。

しかし!!・・・運というのはもともとカッチりと決まっているわけではないのです。じつは、ほとんどが自分で創るもの。自分の自己責任です。

もちろん、どの時代に生まれるか、男か女か、どんな容姿か、どんな人を両親に育つか、そして生まれながらの性格などなど・・・おおまかな土台、初期設定は存在します。けれど、これは単なるゲームのスタート地点にすぎません。そこからどれだけの変化を自分で創り出してゆけるのか・・・が、このゲームの醍醐味でしょう。ハンデがついたり、ハプニングが続出するスポーツやゲームは人をひきつけます。予想ができないからこそ楽しいのです。でも、ハンデやハプニングが結果をきめてしまうわけではありません。

いっけん「運」「不運」のように見えるもの、それはじつは自分の心が生み出したたんなる出来事にすぎません。いっつもネガティブな考え方をし、怖れや敵対心を抱きながら、ある日カラリと超ハッピーな人生になるなんてありえません。一つ一つの出来事に過剰に反応することなく、ポジティブな目線を持つとか、今を楽しむとか、人も自分も大切にする、明るい希望をもつ・・・そんなささいな積み重ねがじつは大きな違い、「運」につながってゆくように感じます。

つまり、わたしたちは自分の現実を一瞬一瞬選びとっていることに気づいていないのです。時間は連なってゆきます。「今」が「その次」につながり、次の今が創り出されるのです。だから、自らが選んで現実を創り出していることに気づき、意識的にならないかぎり、ほとんどが無意識のうちの過去の繰り返し、同じものが創り出され続けることになりかねません。「現在」に何らかの変化を与えないかぎり、過去と同じものが繰りかえされるだけなのです。

自分にとって何かパターン化した「うまくいかない問題」がある場合、おもしろいことにそれがどんなにひどい現実であっても、あなたの潜在意識はあなたにとって「よかれ」と思って自動的に選び続けていることがあります。それがどんなにひどくて、どんなに悲惨で、どんなにつらくても、けっしてやめない。つまり、心の底では「それが好き♪ 」「ベスト♪ 」「 やめたくな〜い♪」と思っているのです。もし、他のものが本当に好きだったら、とっくにそちらを選んでいることでしょう。ということは、苦しいけどこれをやり続けたほうがよい、という隠れたメリットがあるようです。

自分を痛め続ける悲惨な状況を繰りかえすメリットって・・・いったい何なんでしょう?
(その2へ続く)

気づきの日記 「つじつまのあわないココロの策略 (@_@)」その1

「男性運がホトホトないんです・・・」とクライアントのA子さん。

「ようやく彼氏ができたかと思えば、妻子持ち。これではダメだと思い別れたものの、出会うのはあきらかにダメ男ばかり。とにかく、フツウの人がいない。わたしって、そういう星の下に生まれてしまったのでしょうか?」と。

わたしたちは意ににそぐわない現実が続くとき、「わたしって運がない」「そういう星の下なのね」・・・と星占いや運勢のせいにして自分を納得させようとします。が、このあきらめ方はちょっと残念。

もともと運がない!と言いきってしまうと、運がない人生が目白押し!さらにひどくなります。「不運だ」といいながら、「強運になる」ことはありえないでしょう。「強運スイッチ」はすでに切れています。

また、占いにしても「えっ?そうなの・・・」と簡単に内容を受けいれてしまうと、その占いに自分をあけわたしてしまい、結局支配されてしまうことになりかねません。心理学でいう「預言の自己成就」、つまり無意識のうちに占いを成就させるような行動を自ら起こして、「わっ!やっぱりこの占い当たった。スゴイ!」とびっくりします。

しかし!!・・・運というのはもともとカッチりと決まっているわけではないのです。じつは、ほとんどが自分で創るもの。自分の自己責任です。

もちろん、どの時代に生まれるか、男か女か、どんな容姿か、どんな人を両親に育つか、そして生まれながらの性格などなど・・・おおまかな土台、初期設定は存在します。けれど、これは単なるゲームのスタート地点にすぎません。そこからどれだけの変化を自分で創り出してゆけるのか・・・が、このゲームの醍醐味でしょう。ハンデがついたり、ハプニングが続出するスポーツやゲームは人をひきつけます。予想ができないからこそ楽しいのです。でも、ハンデやハプニングが結果をきめてしまうわけではありません。

いっけん「運」「不運」のように見えるもの、それはじつは自分の心が生み出したたんなる出来事にすぎません。いっつもネガティブな考え方をし、怖れや敵対心を抱きながら、ある日カラリと超ハッピーな人生になるなんてありえません。一つ一つの出来事に過剰に反応することなく、ポジティブな目線を持つとか、今を楽しむとか、人も自分も大切にする、明るい希望をもつ・・・そんなささいな積み重ねがじつは大きな違い、「運」につながってゆくように感じます。

つまり、わたしたちは自分の現実を一瞬一瞬選びとっていることに気づいていないのです。時間は連なってゆきます。「今」が「その次」につながり、次の今が創り出されるのです。だから、自らが選んで現実を創り出していることに気づき、意識的にならないかぎり、ほとんどが無意識のうちの過去の繰り返し、同じものが創り出され続けることになりかねません。「現在」に何らかの変化を与えないかぎり、過去と同じものが繰りかえされるだけなのです。

自分にとって何かパターン化した「うまくいかない問題」がある場合、おもしろいことにそれがどんなにひどい現実であっても、あなたの潜在意識はあなたにとって「よかれ」と思って自動的に選び続けていることがあります。それがどんなにひどくて、どんなに悲惨で、どんなにつらくても、けっしてやめない。つまり、心の底では「それが好き♪ 」「ベスト♪ 」「 やめたくな〜い♪」 と思っているのです。もし、他のものが本当に好きだったら、とっくにそちらを選んでいることでしょう。ということは、苦しいけどこれをやり続けたほうがよい、という隠れたメリットがあるようです。

自分を痛め続ける悲惨な状況を繰りかえすメリットって・・・いったい何なんでしょう?
(その2へ続く)

10-05-29 太った電報と合唱隊(六本木)

朝チャイムが鳴ると、「電報で〜す!」という声が。

ちょっと出られる態勢ではなかったので、「すみません。玄関脇のポストに入れていただけます?」と答えると。「ムリですっ!!太ってて入りません!」と配達員さん。

「えっ???」・・・肥えた電報って、いったい・・・?

あわてて玄関で受けとったら、この子でした。電報かかえたプーさん!友人ご一家からのバースデー電報。わ〜嬉しいな〜。ありがとう。

ハッピーな気分で六本木ヒルズのブランチへ。桜の茂ったテラスでシャンパンとエッグベネディクト、スフレの遅い朝食。食べ終わってまったりおしゃべりしていると、お店の人たちが隊をなしてこちらに向かってきます。捧げもっているのは花火のついたケーキ、そしてハッピーバースデーの大合唱・・・えっ?!もし
かして、わ・た・し?!

プーさんといい、ケーキつき合唱団といい、きょうはびっくりさせられます。

じつは、きょう一日だけではなくって、いつも、いつでもこの愛情に満たされているんだな〜・・・と思うと、ちょっとしみじみ。他にも、メールやプレゼントでお祝いしてくださってありがとう。きょうは受けとり上手なわたしになって、嬉しさと素直さでみんな頂戴しま〜す。(*^_^*)

PS Officially 29th Happy Birthday! と言われ、ま、そういうことにしておきましょ♪
ブランチのお店は六本木ヒルズの「Lauderdale(ローダデール)」でした。この季節は桜並木に面したテラスがおススメです。

太った電報と合唱隊

朝チャイムが鳴ると、「電報で〜す!」という声が。

ちょっと出られる態勢ではなかったので、「すみません。玄関脇のポストに入れていただけます?」と答えると。「ムリですっ!!太ってて入りません!」と配達員さん。

「えっ???」・・・肥えた電報って、いったい・・・?

あわてて玄関で受けとったら、この子でした。電報かかえたプーさん!友人ご一家からのバースデー電報。わ〜嬉しいな〜。ありがとう。

ハッピーな気分で六本木ヒルズのブランチへ。桜の茂ったテラスでシャンパンとエッグベネディクト、スフレの遅い朝食。食べ終わってまったりおしゃべりしていると、お店の人たちが隊をなしてこちらに向かってきます。捧げもっているのは花火のついたケーキ、そしてハッピーバースデーの大合唱・・・えっ?!もしかして、わ・た・し?!

プーさんといい、ケーキつき合唱団といい、きょうはびっくりさせられます。

じつは、きょう一日だけではなくって、いつも、いつでもこの愛情に満たされているんだな〜・・・と思うと、ちょっとしみじみ。他にも、メールやプレゼントでお祝いしてくださってありがとう。きょうは受けとり上手なわたしになって、嬉しさと素直さでみんな頂戴しま〜す。(*^_^*)

PS Officially 29th Happy Birthday! と言われ、ま、そういうことにしておきましょ♪
ブランチのお店は六本木ヒルズの「Lauderdale(ローダデール)」でした。この季節は桜並木に面したテラスがおススメです。

10-05-28 活きかえる〜!鎌倉ツアー

「緑の美しい時季にまた来たいね・・・」
「次は、是非お天気のときにね」
・・・と二月の極寒の鎌倉で雨に濡れながらつぶやいた友人とわたし。実現しました、緑を愛でる鎌倉ツアー!前日が土砂降りだったので予定していたワイルドなハイキングコースは断念し、やわやわとお寺めぐり。雨に洗われた緑が鮮やかで、なんとも素敵な休日となりました。

まず、第一の目的地。玄米とお野菜たっぷりの精進料理がいただける北鎌倉の「笹野の葉」さんでランチ。ここに来たかったから鎌倉を計画したようなもの!こんなお食事、毎日いただきたいです。

季節がいいせいか、その後は修学旅行と遠足の学生に完全にまみれました。不思議なのは、なぜ全員が全員もれなく、はとサブレの大きな黄色い手提げ袋を持ってるの?それも、遠足のスタート地点から。小さな袋などではなく、大きな缶入りとか、大量買いの様子。あきらかに東京から来てるこどもたちもみんな持って
る。東京のデパートに入ってるよ〜、と言いたい気分。しかし気がつけば、まんまと東京のデパートに入ってるお店でおみやげを買っている自分に気づき、苦笑。(^^ゞ

長谷寺の散策コースでは、まだちょっと早いけれど美しい紫陽花を堪能。海もきれいだったな〜。お隣の光則寺もお花が美しいお寺でした。

ジモチーAちゃんのプランとツアコンぶりは完璧。三人で食べて、喋って、歩いて、大笑いして、お花を愛でて、しっかり買い物もして・・・・ああ、幸せ♪楽しい一日をありがとう。

活きかえる〜!鎌倉ツアー

「緑の美しい時季にまた来たいね・・・」
「次は、是非お天気のときにね」
・・・と二月の極寒の鎌倉で雨に濡れながらつぶやいた友人とわたし。実現しました、緑を愛でる鎌倉ツアー!前日が土砂降りだったので予定していたワイルドなハイキングコースは断念し、やわやわとお寺めぐり。雨に洗われた緑が鮮やかで、なんとも素敵な休日となりました。

まず、第一の目的地。玄米とお野菜たっぷりの精進料理がいただける北鎌倉の「笹野の葉」さんでランチ。ここに来たかったから鎌倉を計画したようなもの!こんなお食事、毎日いただきたいです。

季節がいいせいか、その後は修学旅行と遠足の学生に完全にまみれました。不思議なのは、なぜ全員が全員もれなく、はとサブレの大きな黄色い手提げ袋を持ってるの?それも、遠足のスタート地点から。小さな袋などではなく、大きな缶入りとか、大量買いの様子。あきらかに東京から来てるこどもたちもみんな持ってる。東京のデパートに入ってるよ〜、と言いたい気分。しかし気がつけば、まんまと東京のデパートに入ってるお店でおみやげを買っている自分に気づき、苦笑。(^^ゞ

長谷寺の散策コースでは、まだちょっと早いけれど美しい紫陽花を堪能。海もきれいだったな〜。お隣の光則寺もお花が美しいお寺でした。

ジモチーAちゃんのプランとツアコンぶりは完璧。三人で食べて、喋って、歩いて、大笑いして、お花を愛でて、しっかり買い物もして・・・・ああ、幸せ♪楽しい一日をありがとう。