「どのポーズでお撮りしましょうか? お好きなタイプをお選びくださ〜い。尚、スパイダーマンにつきましては、スーツは別料金となっております」
PS. 「How to pose with a statue」というタイトルで友人が送ってきたもの。おかしかったのでシェアさせていただきました。 (´▽`) '`,、'`,、
「どのポーズでお撮りしましょうか? お好きなタイプをお選びくださ〜い。尚、スパイダーマンにつきましては、スーツは別料金となっております」
PS. 「How to pose with a statue」というタイトルで友人が送ってきたもの。おかしかったのでシェアさせていただきました。 (´▽`) '`,、'`,、
仕事のあとのカフェ通いは、わたしの日常からはずせません! 気分転換タイム♪
行きつけはほぼ4軒ほど。・・・ でも、この本のおかげで、行動パターンが変わっています。
これ、今話題のランチパスポートとスウィーツパスポート。お友だちにいただきました♡
掲載されているお店で割引が受けられるのです。ランチだと500円引きぐらいで、スウィーツだと300円引きぐらい。
いただいたのは、ばっちり中目・代官山・恵比寿というわたしの出没エリアをカバー! だから、時間があるとこの本をながめては新しいお店を開拓しては、割引の恩恵にあずかっております。٩(๑❛ᴗ❛๑)۶
この一ヶ月余で、こ〜んなお店に足を運んでみました。(値段は割引後のもの。)
銀座 Cafe IZUMI アップルシナモンワッフルセット ¥770
代官山 ASSEMBLAGE パウンドケーキセット ¥630

中目 Cafe ファソン サクランボのケーキセット ¥800
渋谷 FREEMAN Cafe ホワイトチョコチーズケーキセット ¥600

有楽町 Cafe Illy ティラミス&カプチーノ ¥680
ランチパスはね、残念ながらまだ未使用。下さったお友だちもランチパスは持っているので、二人で使おう!と言っているのですが・・・。ちょうどお仕事まっただなかの時間帯ということもあって、なかなか二人でタイミングがあいません。なので、もっぱら「これ、安い!」「これ、おいしそう!」と日々ながめては、行ったつもりに(笑)。
先日、映画を観ていたとき、それはとっても静かなストーリーだったのですが、話しの展開にはそぐわない地鳴りのような音がしたり、地震かと思うような揺れを感じたりするのです。
最初はほんとうに地震かと思ったのですが、あまりにも回数が多すぎる。 ・・・ どうやらすぐ隣にあるシアターで4D映画の上映をしていたようで、あれって、映像にあわせて椅子が揺れたり、ミストが噴射されたり、匂いもついてるらしいのです。臨場感満載!
たしか、ディズニーランドだったか、ユニバーサルスタジオだったかに、そんなのあったっけな〜。坐っているだけなのに、急降下したり、高速で飛び回ったり、地底を突き進んだり・・・。危機一髪な場面がいっぱいあったけど、不死身のように死なずに生還いたしました。(ああ、不死身ってこんな感じか〜と思いましたよ・笑)。
でも、あまりのスピードと揺れに途中思わず酔いそうになって、目をつぶってしまいました。そうしたら・・・ あれ? ただ椅子が揺れてるだけか〜。なんにも起ってないじゃないか・・・ なんて、妙にクールになって、こども騙しっぽく感じられましたよ。なにひとつ怖いことなんて起ってないじゃな〜い(笑)。
知覚のトリックって、かんたんに欺かれます。
しかし、まさかね、わたしたちも毎日、こんなアトラクションに乗ってるとは思わないですよね〜!(笑)毎日ですよ〜!飽きることなく。(笑)
どういうことかというと、
もし ・・・「 わたしはドアを明けて外に出る」と思っているときに、自分は1ミリも動いていないのにドアが自分の方に近づいてきて、勝手に開くと外が広がっていて、立ってるだけなけなのに周りの景色がどんどん後ろに流れていったとしたら。そのうえ、歩いているような震動を感じたり、頬をなでる風とか、陽射しのような暖かさを感じたとしたら・・・ きっと自分は外に出て歩いているって思うかもしれません。でも1ミリも動いていない ・・・。
そして朝になって、またまた1ミリも動かずここにいるのに、ベッドから起き上がったような映像、つまり90度ぐらい部屋の映像が回転して、そして部屋の景色が自分の横を流れ、目の前で朝食作りの場面が展開され、そして仕事場ではたくさんの人たちがいて動きまわっているように見えたり 。あるいは、上司なる人が自分のまえで怒鳴っているように見えたり・・・ などなど。けれど、依然として1ミリも動いていなくって、そのうえもしかしたら、まったく時間も流れていないのかも・・・。時間も空間も止まってる。
わたしたちは知覚によって、いろんなことをごまかされています。壮大なるイリュージョンのなかで生きているともいえるのです。
ほんとうは、何も起っていない?! (全部錯覚? アトラクションの中?)
でも、イリュージョンが楽しいうちは、まあいっか!という感じです。夢のようなものをいっぱい見せてくれるうちは、別に変える必要もなし!
でもね、そうもいかないのです。なぜかイリュージョンは、だんだんホラーになってくるのですよ〜。容赦なく。 ・・・ あるいは、ちょっと楽しい映像で喜ばせて、そのあとは手いたい仕打ちがくるとか。でも人はまた「きっとよくなるはず」と期待して待っているので、待つことをやめない限りはなかなかこの「苦楽」の循環から抜け出すことができないのです。
わたしはヒプノセラピストなので、お仕事のセッション中、日々催眠を使います。(といっても、テレビのショーのような催眠術ではありません。ヒプノセラピーとは、深いリラクゼーションを使ったセラピーのこと。)
で、クライエントさんは「わたしって、催眠にかかるでしょうか?」とよく質問されるのです。
ショーのように、いきなり犬になっちゃったり、平気で恥ずかしいことをしちゃったりするようなそんな場面を想像するのなら、わたしは「そうなるのか」「ならないのか」という疑問はあると思うのですが、実際のセラピーとしての催眠虜法(ヒプノセラピー)は違うものです。まったくリラックスできない人がいないのと同じように、それが「できる」とか「できない」というものではないのですね。もっと自然です。ただくつろいでいる状態だけで十分です。
でも、こんなふうに答えたくなるときがあります。
「大丈夫です! だって、世の中のみんなはすでに催眠状態なんですもの。だから、すでにかかっている人にこれ以上かけることなんかできないのです。ヒプノセラピーをするというのは、どちらかというとその “すでにかかっちゃっているココロの催眠をとく” ことといえるのです。ただココロを正気に戻してあげることなので、なにもコワくないし、心配もいらないのですよ」と。
ほんとにほんとに冷静に調べてみると、わたしたちはどうやら正気じゃないようなのです。4D映画に没頭しているか、あのアトラクションに乗りっぱなし・・・。降りられな〜い(泣)。
ありもしなかった架空のストーリーに執着し、なんの根拠もない自分のアイデンティティを気に病み、その他あれやこれやでどんどんでっち上げがふくらみ、もはやほんとうのことがわかりません。バーチャルな世界にひたりきっています。
だからヒプノセラピスとのお仕事は、壮大なイリュージョンという催眠からさますこと、解放されるようにすること、それがほんとうのお仕事なのです。
ヒプノセラピストとは、「催眠をかける人」ではなくって、ねむったココロという「催眠をとく人」。さまざまなアイデンティティや信念、観念、思考、ストーリー、記憶、過去、未来、身体、世界・・・などという催眠から。
だからヒプノセラピーを受けるときには、「かかる?」「かからない?」なんて、まったく心配する必要がありません。ほんとうに!
それよりも、わたしって「目覚める?」「気づける?」ということのほうが気になることなのかもしれません。 (○´―`)ゞ
(「気づきの日記」バックナンバーはこちら: 古川 貴子/ ヒプノセラピー・カウンセリング )
先日、映画を観ていたとき、それはとっても静かなストーリーだったのですが、話しの展開にはそぐわない地鳴りのような音がしたり、地震かと思うような揺れを感じたりするのです。
最初はほんとうに地震かと思ったのですが、あまりにも回数が多すぎる。 ・・・ どうやらすぐ隣にあるシアターで4D映画の上映をしていたようで、あれって、映像にあわせて椅子が揺れたり、ミストが噴射されたり、匂いもついてるらしいのです。臨場感満載!
たしか、ディズニーランドだったか、ユニバーサルスタジオだったかに、そんなのあったっけな〜。坐っているだけなのに、急降下したり、高速で飛び回ったり、地底を突き進んだり・・・。危機一髪な場面がいっぱいあったけど、不死身のように死なずに生還いたしました。(ああ、不死身ってこんな感じか〜と思いましたよ・笑)。
でも、あまりのスピードと揺れに途中思わず酔いそうになって、目をつぶってしまいました。そうしたら・・・ あれ? ただ椅子が揺れてるだけか〜。なんにも起ってないじゃないか・・・ なんて、妙にクールになって、こども騙しっぽく感じられましたよ。なにひとつ怖いことなんて起ってないじゃな〜い(笑)。
知覚のトリックって、かんたんに欺かれます。
しかし、まさかね、わたしたちも毎日、こんなアトラクションに乗ってるとは思わないですよね〜!(笑)毎日ですよ〜!飽きることなく。(笑)
どういうことかというと、
もし ・・・「 わたしはドアを明けて外に出る」と思っているときに、自分は1ミリも動いていないのにドアが自分の方に近づいてきて、勝手に開くと外が広がっていて、立ってるだけなけなのに周りの景色がどんどん後ろに流れていったとしたら。そのうえ、歩いているような震動を感じたり、頬をなでる風とか、陽射しのような暖かさを感じたとしたら・・・ きっと自分は外に出て歩いているって思うかもしれません。でも1ミリも動いていない ・・・。
そして朝になって、またまた1ミリも動かずここにいるのに、ベッドから起き上がったような映像、つまり90度ぐらい部屋の映像が回転して、そして部屋の景色が自分の横を流れ、目の前で朝食作りの場面が展開され、そして仕事場ではたくさんの人たちがいて動きまわっているように見えたり 。あるいは、上司なる人が自分のまえで怒鳴っているように見えたり・・・ などなど。けれど、依然として1ミリも動いていなくって、そのうえもしかしたら、まったく時間も流れていないのかも・・・。時間も空間も止まってる。
わたしたちは知覚によって、いろんなことをごまかされています。壮大なるイリュージョンのなかで生きているともいえるのです。
ほんとうは、何も起っていない?! (全部錯覚? アトラクションの中?)
でも、イリュージョンが楽しいうちは、まあいっか!という感じです。夢のようなものをいっぱい見せてくれるうちは、別に変える必要もなし!
でもね、そうもいかないのです。なぜかイリュージョンは、だんだんホラーになってくるのですよ〜。容赦なく。 ・・・ あるいは、ちょっと楽しい映像で喜ばせて、そのあとは手いたい仕打ちがくるとか。でも人はまた「きっとよくなるはず」と期待して待っているので、待つことをやめない限りはなかなかこの「苦楽」の循環から抜け出すことができないのです。
わたしはヒプノセラピストなので、お仕事のセッション中、日々催眠を使います。(といっても、テレビのショーのような催眠術ではありません。ヒプノセラピーとは、深いリラクゼーションを使ったセラピーのこと。)
で、クライエントさんは「わたしって、催眠にかかるでしょうか?」とよく質問されるのです。
ショーのように、いきなり犬になっちゃったり、平気で恥ずかしいことをしちゃったりするようなそんな場面を想像するのなら、わたしは「そうなるのか」「ならないのか」という疑問はあると思うのですが、実際のセラピーとしての催眠療法(ヒプノセラピー)は違うものです。まったくリラックスできない人がいないのと同じように、それが「できる」とか「できない」というものではないのですね。もっと自然です。ただくつろいでいる状態だけで十分です。
でも、こんなふうに答えたくなるときがあります。
「大丈夫です! だって、世の中のみんなはすでに催眠状態なんですもの。だから、すでにかかっている人にこれ以上かけることなんかできないのです。ヒプノセラピーをするというのは、どちらかというとその “すでにかかっちゃっているココロの催眠をとく” ことといえるのです。ただココロを正気に戻してあげることなので、なにもコワくないし、心配もいらないのですよ」と。
ほんとにほんとに冷静に調べてみると、わたしたちはどうやら正気じゃないようなのです。4D映画に没頭しているか、あのアトラクションに乗りっぱなし・・・。降りられな〜い(泣)。
ありもしなかった架空のストーリーに執着し、なんの根拠もない自分のアイデンティティを気に病み、その他あれやこれやでどんどんでっち上げがふくらみ、もはやほんとうのことがわかりません。バーチャルな世界にひたりきっています。
だからヒプノセラピスとのお仕事は、壮大なイリュージョンという催眠からさますこと、解放されるようにすること、それがほんとうのお仕事なのです。
ヒプノセラピストとは、「催眠をかける人」ではなくって、ねむったココロという「催眠をとく人」。さまざまなアイデンティティや信念、観念、思考、ストーリー、記憶、過去、未来、身体、世界・・・などという催眠から。
だからヒプノセラピーを受けるときには、「かかる?」「かからない?」なんて、まったく心配する必要がありません。ほんとうに!
それよりも、わたしって「目覚める?」「気づける?」ということのほうが気になることなのかもしれません。 (○´―`)ゞ
(「気づきの日記」バックナンバーはこちら: 古川 貴子/ ヒプノセラピー・カウンセリング )
「まだ学ばれていないレッスンは、それが学ばれるまでくりかえす」とか・・・、「それがくりかえし起こるなら、そこには学ばれていないレッスンがある」などといわれています。
つまり、自分の人生に何度も起きてくる問題があるとき、どうやらわたしたちは何かを学びそこなっているらしいのです。
「同じパターンで何度もくりかえす人との不和」、あるいは「慢性的になってしまっている身体の不調」、そして「なかなか解決しない経済的な問題」などなど ・・・「ああ〜、またか?!(汗)」とタメ息をつきたくなってしまうときがあります。
解決のために努力していないわけではないのです。
たとえば「経済的な問題からどうしても抜けられない」というあるクライエントさん。
「学びそこねているレッスンがあるということはわかっていました。だから積極的に取り組んでみたんです。“与える”ということに。“与えることは受けとること”、そして“与えるまでは、自分が持っているものに気がつけない”っていうじゃないですか。じゃあ、気前よくプレゼントに精をだしてみようって決めたんです」と。
「で? どうなったんですか?」とわたし。
「与えることは実際、気分がいいことでした。でも、経済的な状況には特に変化はありませんでした。だから、問題は解決していません。こんなに与えているのにちゃんと戻ってこないじゃないか、という葛藤を感じずにはいられません」とクライエントさん。
もちろん「与えることは受けとること」であり、「与えるまでは自分が持っているものに気がつけない」ということは本当ですが、不足感から与えてしまったので、不足感を受けとることになってしまったようです。
「与える、受けとる」というのは、モノというよりも「思い」をあらわしているのですね。だからこの場合には、「豊かな気持ちとか、喜び」という「思い」を分かちあうほうが、結果としての豊かさにつながったのだと思います。
こうなってくると、「いったい学ばなくちゃいけないレッスンって何なんですか〜? いっそのこと、問題と一緒に“レッスンのポイント”とか、“解決のカギ”とかいうプリントでもくっつけてくれたらわかりやすいのに。 神様って不親切!」って思っちゃったりします。
どうやら、レッスンのポイントとは ・・・ どの問題にも共通しているようなのです。
端的にいってしまうと、「あなたが誰であるのか知りなさい」ということ。そして、そのことにおいていちばんズレが生じている状況(人間関係、身体の扱い、経済的なこと・・・)に、問題はあらわれるようです。
たとえば経済的な問題の場合、「生存する」ということに対して戦々恐々とした気持ちを感じているということがいえそうです。
「ここは危ないところだ」という信念があり、生きることはサバイバルであり、そのためには危険をかいくぐって自力で生存していかなければならない。ある意味、「生きることは戦いだ」という感じです。決して、守られ、育まれ、導かれて、愛されている存在としての自分を自覚していません。
まさにその危険な信念のままに、ここは危なく、こころもとない世界に映ります。自分で頑張って生存を勝ち取らなければならないサバンナのような体験をすることになるわけです。
でも宇宙は是非とも学んで欲しいことがあるのです。ほんとうのことを。あなたの真実を。だから問いかけます。
「あなたって誰なんですか? 壊れてなくなってしまう身体なんですか? そりゃ〜危ないですね。何が起こるかわからないですよね。スピリットだったらよかったのに。形がないから安全です。それに限界がないし。怖いことなんかなくなるでしょう。戦う必要も、コントロールもいらないし。そして、すでにすべてとひとつなのだから、無限であったら欠乏することなんかないですよね。なんせ、すべてですから。・・・ ところで、あなたって、誰でしたっけ? 身体なんでしたっけ??」と、何度も問い直されているわけです。
だから解決としては、スピリットとしての自分に戻ろうとすること。まずはコントロールを手放して、ゆだねて、宇宙という無限の豊かさのなかに浮かぶためにリラックスして力を抜くこと。そうすれば、小さな切り離された断片としての経験ではなく、限りないもののなかですべてが流れてくる体験をすることができる・・・と。
この「本来の自分のありかた」をわたしたちは学ばされているようです。だからどの問題にしても、「こわがらなくていいのですよ。ただ信頼して力をぬきなさい。自分でやろうとしないでゆだねることを学びなさい」といわれ続けているのです。
「なんでも自分でちゃんとやりなさい」「人を頼らないように」と教育されてきたわたしたちにとって、「力をぬいて、ただあるがままにする」って、なんだかサボっているというか、手をぬいているというか、あまり賢く感じられないようです。「自分でやってこそ、でしょ!」って思ってる。
しかし、問題に直面したときにいちばん大切なのは、まったく価値判断せずにただ「そのままにする」こと、「いじくりまわさない」「画策にはしらない」、そして「流れを信頼する」ということなのです。
わたしたちにとって「学ばれていないレッスン」とは、どうやら「力をぬいて、完全にゆだねて、信頼する」というシンプルなことのようです。(まるで泳ぎ方、いや浮き方のレッスンのようだわ。わたしは、今だに水泳が苦手!)
シンプルに思える「信頼」こそが、じつはとってもむずかしい。なんか、真っ逆さまに墜落しそうな、水のなかで溺れ死にそうな、そんな怖さがあります。
でも、空中ブランコだって離さないと次がつかめないように、怖さを手放して信頼したときにこそ、はじめて「体験」として「うまくいくんだ」ということが教えてもらえるようです。
レッスンにパスするために ・・・ただ「信頼」「信頼」「信頼」!! ꒰⁎×﹏×⁎꒱ ༘
「まだ学ばれていないレッスンは、それが学ばれるまでくりかえす」とか・・・、「それがくりかえし起こるなら、そこには学ばれていないレッスンがある」などといわれています。
つまり、自分の人生に何度も起きてくる問題があるとき、どうやらわたしたちは何かを学びそこなっているらしいのです。
「同じパターンで何度もくりかえす人との不和」、あるいは「慢性的になってしまっている身体の不調」、そして「なかなか解決しない経済的な問題」などなど ・・・「ああ〜、またか?!(汗)」とタメ息をつきたくなってしまうときがあります。
解決のために努力していないわけではないのです。
たとえば「経済的な問題からどうしても抜けられない」というあるクライエントさん。
「学びそこねているレッスンがあるということはわかっていました。だから積極的に取り組んでみたんです。“与える”ということに。“与えることは受けとること”、そして“与えるまでは、自分が持っているものに気がつけない”っていうじゃないですか。じゃあ、気前よくプレゼントに精をだしてみようって決めたんです」と。
「で? どうなったんですか?」とわたし。
「与えることは実際、気分がいいことでした。でも、経済的な状況には特に変化はありませんでした。だから、問題は解決していません。こんなに与えているのにちゃんと戻ってこないじゃないか、という葛藤を感じずにはいられません」とクライエントさん。
もちろん「与えることは受けとること」であり、「与えるまでは自分が持っているものに気がつけない」ということは本当ですが、不足感から与えてしまったので、不足感を受けとることになってしまったようです。
「与える、受けとる」というのは、モノというよりも「思い」をあらわしているのですね。だからこの場合には、「豊かな気持ちとか、喜び」という「思い」を分かちあうほうが、結果としての豊かさにつながったのだと思います。
こうなってくると、「いったい学ばなくちゃいけないレッスンって何なんですか〜? いっそのこと、問題と一緒に“レッスンのポイント”とか、“解決のカギ”とかいうプリントでもくっつけてくれたらわかりやすいのに。 神様って不親切!」って思っちゃったりします。
どうやら、レッスンのポイントとは ・・・ どの問題にも共通しているようなのです。
端的にいってしまうと、「あなたが誰であるのか知りなさい」ということ。そして、そのことにおいていちばんズレが生じている状況(人間関係、身体の扱い、経済的なこと・・・)に、問題はあらわれるようです。
たとえば経済的な問題の場合、「生存する」ということに対して戦々恐々とした気持ちを感じているということがいえそうです。
「ここは危ないところだ」という信念があり、生きることはサバイバルであり、そのためには危険をかいくぐって自力で生存していかなければならない。ある意味、「生きることは戦いだ」という感じです。決して、守られ、育まれ、導かれて、愛されている存在としての自分を自覚していません。
まさにその危険な信念のままに、ここは危なく、こころもとない世界に映ります。自分で頑張って生存を勝ち取らなければならないサバンナのような体験をすることになるわけです。
でも宇宙は是非とも学んで欲しいことがあるのです。ほんとうのことを。あなたの真実を。だから問いかけます。
「あなたって誰なんですか? 壊れてなくなってしまう身体なんですか? そりゃ〜危ないですね。何が起こるかわからないですよね。スピリットだったらよかったのに。形がないから安全です。それに限界がないし。怖いことなんかなくなるでしょう。戦う必要も、コントロールもいらないし。そして、すでにすべてとひとつなのだから、無限であったら欠乏することなんかないですよね。なんせ、すべてですから。・・・ ところで、あなたって、誰でしたっけ? 身体なんでしたっけ??」と、何度も問い直されているわけです。
だから解決としては、スピリットとしての自分に戻ろうとすること。まずはコントロールを手放して、ゆだねて、宇宙という無限の豊かさのなかに浮かぶためにリラックスして力を抜くこと。そうすれば、小さな切り離された断片としての経験ではなく、限りないもののなかですべてが流れてくる体験をすることができる・・・と。
この「本来の自分のありかた」をわたしたちは学ばされているようです。だからどの問題にしても、「こわがらなくていいのですよ。ただ信頼して力をぬきなさい。自分でやろうとしないでゆだねることを学びなさい」といわれ続けているのです。
「なんでも自分でちゃんとやりなさい」「人を頼らないように」と教育されてきたわたしたちにとって、「力をぬいて、ただあるがままにする」って、なんだかサボっているというか、手をぬいているというか、あまり賢く感じられないようです。「自分でやってこそ、でしょ!」って思ってる。
しかし、問題に直面したときにいちばん大切なのは、まったく価値判断せずにただ「そのままにする」こと、「いじくりまわさない」「画策にはしらない」、そして「流れを信頼する」ということなのです。
わたしたちにとって「学ばれていないレッスン」とは、どうやら「力をぬいて、完全にゆだねて、信頼する」というシンプルなことのようです。(まるで泳ぎ方、いや浮き方のレッスンのようだわ。わたしは、今だに水泳が苦手!)
シンプルに思える「信頼」こそが、じつはとってもむずかしい。なんか、真っ逆さまに墜落しそうな、水のなかで溺れ死にそうな、そんな怖さがあります。
でも、空中ブランコだって離さないと次がつかめないように、怖さを手放して信頼したときにこそ、はじめて「体験」として「うまくいくんだ」ということが教えてもらえるようです。
レッスンにパスするために ・・・ただ「信頼」「信頼」「信頼」!! ꒰⁎×﹏×⁎꒱ ༘
先日、お友だちと会って帰る道すがら、ず〜っといい匂いがするのです。まるで生花みたいな。
近くに花束でももった人がいるのかな? あるいは、店先のお花? ・・・ と、あたりを見まわしても、とくにお花は見あたらず。
あれ? うちに到着してもいい匂いがするけど・・・?
じつはこれ、お友だちにいただいた石けんがわたしのバッグに入っていたのです。「サンタ・マリア・ノヴェッラ」の石けん。
「サンタ・マリア・ノヴェッラ」は800年もまえからある世界最古の薬局で、サンタ・マリア・ノヴェッラ教会の修道士さんが癒しに使っていたらしいのです。だから、とっても自然ないい匂い。
フィレンツェには数度行ったけれど、サンタ・マリア・ノヴェッラの美しい教会だけを見て、すっかり薬局は見すごしておりました。 残念!
石けんには「garofano」とあり、これはカーネーションのこと。
カーネーションに香りがあるなんて知らなんだ! そして、石けんにまでなってるなんて。
カーネーション石けんは、お花屋さんに一歩足をふみ入れたときのような、ちょっと青っぽくて、みずみずしい匂い。ああ、あのお花屋さんの青っぽい匂いはカーネーションだったんだ〜。
今、ベッドサイドにおいてあるけれど、やっぱりお花を生けてあるようなほのかないい香りがただよってきます。
ああ〜、フィレンツェなつかしいな〜♪

カウンセリングは通常、言葉のやりとりのみにとどまりますが、セラピューティックカウンセリングでは通常のカウンセリングを行いながら、同時にこころの深いところ(潜在意識)にあるブロックの解放も行うことができます。
わたしたちの思考や行動を左右しているのは、自分では気づくことができない潜在意識にある「思いこみ」です。セラピューティックカウンセリングでは、リラックスした雰囲気でおしゃべりをしながら、短時間のうちに潜在意識に働きかけ、自分を妨げている「思いこみ」を明らかにし、それらを消去することができます。
問題を作りだしていた根本原因を明らかにしその「思いこみ」を取りさりることで、本来のあるがままのものの見方を取りもどし、楽な状態へと導かれます。こころが変わることで、日常における考え方や行動が変化し、また目に映る世界も変化してゆきます。
セッションのなかでは、日常生活のなかで役にたつ実践的な問題解決法なども学んでゆきます。
従来のカウンセリングでは、ただ「聴く」ことに重点がおかれています。クライアントさんはひたすら話し、カウンセラーはただじっと「耳を傾ける」ことで、時間をかけて本人自らの気づきが起こるのを待ちます。しかし、この方法では堂々めぐりがさけられず、核心にたどりつくまでに時間と労力、費用がかかりがちです。
もともと、問題というのはエゴによってたくみに隠され、解決が難しい状態におかれています。本人が自覚している問題にそのままバンドエイドを貼るようなセラピーでは解決にはいたりません。じつは、それはほんとうの原因ではないからです。
自覚している問題から、もっと深く掘り下げ、ふだんは意識されていないレベルを探っていくことが必要となります。
わたしたちの体験とは、まさに自分のこころの中身そのものを映しだしています。その映しだされたものが好きでないのなら、こころのなかに役にたたない「思いこみ」を握り閉めているに違いません。
つまり、問題とはすでにガラクタになった「思いこみ」を握りしめていることから生まれています。その役にたたない「思いこみ」を認識し、手放し、今の自分を助けてくれる新しいものの見方・考え方と差しかえることが必要なのです。
セラピューティックカウンセリングでは、会話のやりとりをしながら意識を掘り下げていくことで、自分でもまったく気がつかなかった役にたたない「思いこみ」にたどりつき、穏やかに解放してゆきます。
問題とは、役にたたなくなった思いこみが外側に映しだされたもの、つまりこころのゴミそのものです。このゴミを片づけることで、「本来の自分の完全さ」という贈りものが姿をあらわすことができます。
「これが自分だ」と認識しているアイデンティティは、残念ながらこころのなかのゴミの部分にすぎません。それゆえに、自信がなく、自己嫌悪や罪悪感、無価値観、不足感を感じ、愛や豊かさ、穏や、自己信頼を感じることができません。自分を愛せないので、他者も受けいれることができません。
ほんとうの自信や自己信頼は、このこころのゴミを片づけたときに自然と感じられるものです。それはつけ足したり、鍛えあげたり、信じこませるようなものでありません。ひたすらこころのなかのゴミを捨てさることで、おのずと満たされて穏やかな自分に出会うことができるのです。なぜなら、大丈夫な自分はすでにこころの底に存在しているからです。
それは、ずっとそこにあってあなたを待っている「ほんとうの自分」です。その自分とつながることで、深い安らぎや心地よい自己信頼感とともに、インスピレーションや創造性ともつながることができるようになります。
*まず、ほんとうの問題をあきらかにします(問題について気軽におしゃべりします)
*その問題の根本原因となる「思いこみ」を探っていきます
*その役に立たない「思いこみ」を消去し、本来の自分自身である自然な正しい思いを取りもどします
*さらなる気づきのために、自分を成長させるものの見方や考え方を身につけます
*今後の日常生活で、問題に直面したときに役立つ対処法を学びます
日々絶えまなく生まれる問題とは、こころのなかにある「ほんとうの自分に戻りたい=幸せになりたい」という衝動が歪められた形で映しだされ、自分を妨害しています。
セラピューティックカウンセリングでは、その間違った形での幸せ探しを修正し、自分をほんとうに幸せにする正しい道筋へと方向を転換します。正されたこころは、その力づよいパワーのすべてを自分を幸せにするために使うことができるようになります。
それはまさに、流れに逆いながら必死に漕いでいたボートをクルリと方向転換させ、ただ正しい流れにそってラクに進んでゆくことができるようにこころを修正します。
そのためには、一にも二にもこころの深いところにある自分を妨害している思いこみというゴミを捨てさることと、自分や世界に対する正しい知識を手にすることが大切なのです。
迷うときには、まずは一回からはじめられてみるのがよいでしょう。
一回のセッションで問題が解決してしまう方もいらっしゃいますし、新しいものの見方・考え方を身につけ、夢や目標をかなえる力をつけるために、2〜3回ほどのセッションをお受けになる方もいらっしゃいます。
人生で出くわす問題というのは、日々成長し変化している自分自身が今の状況にあわなくなったときに起こってくるものです。そのため、セラピューティックカウンセリングは、最初は1〜3回を目安におとりいただき、その後はご自身の成長が加速して問題が現れたときや、心のメンテナンスが必要なときに定期的に(1〜数ヶ月ごと)にお受けになることをおすすめしております。
どのような問題でも扱うことができます。
すべての問題は「こころ」から生みだされ外側に映しだされたものです。そして、「こころ」だけが唯一の解決手段です。
ゆえに、どのような人やものがかかわっていようとも、あらゆる問題は「自分のこころを正す」ことで解決に導くことができ、また扱うことができない問題はありません。
そして問題はさまざまな形であらわれますが、その根っこを掘りさげていくと、すべて同じところにたどりつきます。すべてはひとつの思いから生まれているのです。
完璧なタイミングであらわれてくる問題を信頼して、前むきに正しくとり組むことで、つねにそれは自分への贈りものに変えることができます。
・仕事
・人間関係
・恋愛に関する問題
・自己イメージ
・自尊心の改善
・癖の改善
・恐怖症の克服
・気分障害
・身体的不調
・金銭の問題
・潜在意識
・能力の開発
・自己実現
・幸福感の向上
・あらゆる問題解決
・とくに問題がないがもっとよくなりたい方・・・
うまくいかないパートナーシップは、依存・執着・コントロールの思いにとらわれています。それは、自分のなかの「不足」感を相手のなかに見て、相手にその責任を負わせようとしてしまうからです。そして相手に「不足」がうめられないとわかると、関係を解消するというパターンを繰りかえされます。
解決のためには、相手から何かを得ようとするのではなく、自分のなかにすでにある「豊かさ」や「自己信頼」につながることがなによりも大切です。そうすることで、外側から何かを得ようと必死になり相手に依存する必要がなくなり、あるがままの相手を大切にすることができるようになります。
【 1回コース 】恋愛やパートナーシップの悩みの原因になっている「不足感」を明らかにしてゆき、癒しをおこないます。
【 2回コース 】さらに気づきを深めるとともに、正しい自己認識を身につけ、本来の自分の自信を取りもどせるように導きます。
なぜケンカをするのか、ぶつかりあうのか・・・ それは、もっと愛したい、愛されたい、より深い関係を築きたいという望みが「攻撃」という間違った形をとってしまったためです。それは、お互いのなかにある「怖れ」の気持ちから防御が働き、なるべく傷つかないようにしようとするために、かえって相手を傷つけ関係をむずかしくしてしまうのです。
本人同士だとなかなか本当の気持ちに向きあうことができずに、関係の糸はどんどんもつれてしまいます。
セラピストの導きで、正直な気持ちから相手につながり、高い視点からお互いの関係性を見ていくことで、お互いを尊重し大切にする調和のある関係へと導きます。
仕事はあなたの人生で、時間的にも、労力的にも、また心理的な部分でも、とても大きな影響を及ぼしています。そのような人生でたくさんのエネルギーを使う部分を、もっと自分らしく、前向きに、やりがいと喜び感じながら取りくむことができたら、より人生の質も向上することになります。
あなたにとっての仕事、やりがい、方向性、取りくみ方などを、自分のこころの声に耳を傾けながら、もういちど見直し、充実したあなたらしい人生を仕事からつくりあげていきます。
日常の悩みあれこれの問題解決に。
わたしたちは何が自分にとっての幸せかがわからないがために、ほんとうは自分に必要のないものに執着するあまり、自分を苦しめることになってしまうことがあります。ときには、自分の人生を整理整頓することも必要です。しっかりと自分のこころと向きあうことで、何が自分にとって大切なことなのかを気づきながら、その方向へと進むことができるようにしていきます。
外側に見える「豊かさ」は、じつは「自分のこころの安定感」と密接にかかわりあっています。こころのなかに、自分を責める気持ちや自己卑下、後悔の思いや、恨みつらみがあるとき、みずから豊かさへの扉を閉じてしまっているのです。
「すでに自分のために十分に与えられている豊かさ」に自然にアクセスできるよう、「豊かさ」を遠ざけてしまう考えを見つけだし、それらを手放すことで、自然と本来の豊かさへと向かうことができるようにします。
親自身の癒されない心の痛みから、無意識のうちに子供を支配してしまうことがあります。あるいは、親が愛情を示しているつもりでも、それは自分の満たされない欲求や願望をおしつけている場合もあります。
そのように親と子のあいだにはたくさんの思い違いが存在し、お互いの素直なコミュニケーションを阻んでしまいます。
こちらのセッションは問題をおうかがいしながら、カウンセリングスタイルを決めていきます。(お二人にいらしていただき、それぞれにカウンセリングをする場合もありますが、おひとりだけにカウンセリングをする場合もあります。)
親も子もともに一人の独立した人間として成長してゆく視点へと導きます。
お忙しい方、遠方の方に便利な電話によるカウンセリングです。恋愛、仕事、家族問題など、さまざまな問題にひそむ真の原因を探り解決に導きます。(通常の電話のほかに、LINE、Face Time、Skype をご利用いただけます)
数十枚のカードによるリーディングから、あなたの問題の核心にアプローチ、そこからよりよい人生へと導きます。
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| 受講コース相談カウンセリング | 45分 |
5,000円
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メールでお申し込みください。 都合のよい日にちと時間をお知らせ下さい。 キャンペーン期間中のみ、カードリーティングを無料で受けられます。 |
| 恋愛レスキュー・カウンセリング | 1回 (1時間) |
22,000円
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恋愛・パートナーシップの悩みに、解決策と新たな方向性をあたえます。 |
| 2回 (1時間X2) |
42,000円
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| 2人でうけるパートナーシップ・カウンセリング | 1時間30分 |
お二人で
42,000円 |
カップルのためのカウンセリング。 |
| 仕事110番・カウンセリング | 1時間 |
22,000円
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お仕事の悩み.職場の人間関係についてのカウンセリング。 |
| ハッピーライフ・カウンセリング | 1時間 |
22,000円
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日常の悩み全般、問題解決に。 |
| 豊かさとつながるカウンセリング | 1時間 |
22,000円
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豊かさの流れをつくりだします。 |
| 親子カウンセリング | 1時間30分 |
お二人で
42,000円 |
親子ともに成長をめざすカウンセリング。 |
| 電話・オンラインカウンセリング | 1時間 |
22,000円
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あらかじめ、ご希望のお時間をご予約下さい。料金のお振り込みを確認後、カウンセリングとなります。(お電話代はご負担となります) |
| カード・リーディング | 30分 |
14,000円
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カードによるリーディングとカウンセリング。 |
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こんにちは!先日はどうもありがとうございました!帰路は、ただただ、全身で「わぁ~!」って感じで、凄かったです。^^ 世界の全てを自分が創り出している、ということは、理論的には理解できても、今までは、例えば、「じゃあ、母や弟については?」 で、今回の説明を聞いて、な・ん・か分かった気がしました。 そして、今の課題で、仕事をどうするか結論も出ず、うろうろしてたのですが、そもそもそのこと自体がちょっと違ってた、って気づきました。 なんか人間って、「見当違い」 のこと、よくやってるな~って思います。私もそうでしたけど・・・・、というか、まだ、そういうとこ多いと思うけど・・・・。 けど、今回のお話しは、法華経3部作の現代語訳を読んだ時と同じくらい、衝撃を受けました!まさしく「今」だなあ~と思いました。 いやぁ~、タイミングもバッチリです!あとは、ちょっとコツコツ、やってみようって思います。本当に、いつもいつも、ありがとうございます!次回お目にかかれる時には、ぴっかぴかの私でお会いしたいと思います♪ |
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セラピー後、会社で相手の目をしっかり見て少し積極的に話すことができ、いつも挨拶のない上司から大きな声で挨拶していただきました。「自分が変われば、自然と相手も変わる」古川様がおっしゃる通りだと思いました。今までより、人と話す事への恐怖心(相手の顔色を窺う)が溶けていく感覚を少し味わいました。 カウンセリングと、寝る前に聞いたCDの効果が早くも現れていると思いました。今まで何をしてもこんな変化を感じた事はありませんでした。 |
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モヤモヤ、イライラしていたのでスッキリしましたし、さらに、来年に向けて、自分の意識を向ける方向性が分かり、感動もしました(*^^*) 昨年のテーマは、怒り/仕事/性。こればかりだったような気がします(≧∇≦)特に、怒りは長年のテーマで、あきらめかけたこともしばしば。それでも、カウンセリングを続けるうちに、少しずつ少しずつ、ほぐされて癒されてきて、気がつけば、大きな怒りの爆発やどうしようもなかった訳のわからない怒りが減っていました。カウンセリングで得たたくさんの気づきで、「私は神になりたかった!」というのは強烈で今でも一人で笑ってしまう気づきです。 不思議なのは、カウンセリング後には決まって仕事で昇進や昇格があり、気づけば今年は4回も!! 貴子さんには感謝、感謝でいっぱいです!自分の勇気にも感謝です(笑) さらにさらに豊かな生活を楽しみます*¥(^o^)/* |
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3回のセッションが終わり、自分でも変わったな〜とすごく感じます。 人との距離のとり方、つき合い方がすごく変わりました。 以前は人の顔色を気にし、嫌われないようにと気を使っていました。 でも、今はお付き合いする人を自分で選択できるようになりました。 これって、私にとってはすっごくすごいこと! 波長が合わない人に合わせるってすっごく疲れることがわかりました。 まだまだこうなりたい!ああなりたい!っていう欲はありますが、とりあえず、今の自分に満足しています。ありがとうございました。 3回のセッションで古川さんにお会いしている時間、私はとっても癒されました。 あるがままの私を受け入れてくれる古川さん。 私もいつかこんな大きくて広い心を持ちたいです。 |
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私が 先生のところへ 初めて伺ったのは、数年前の桜の咲く少し前。主人の事で 鬱病になり 悩んでいた時でした。 インナーチャイルドの存在、自分をもっと大切に過ごす事、可哀想な私。。を作りださいないこと。 セッションをしていただき、これまで自分の感じた気持ちに気づかないふりをして 違う自分を作り上げていたことを知った時 とても衝撃的でした。誰も教えてくれなかった・・と。 その後 新たな病気がわかった時、息子の問題に直した時、自分のこころと向き合い方を たくさん気づかせていただきました。 *自分の尊厳は、自分で護ること。 先生との出会いを繋げて下さった、私の友人に感謝いたします。 どんな私も 認め、導いて下さった 古川貴子先生に 感謝いたします。これからも、私の日常生活 先生の言葉が 聞こえてくるでしょう(o^^o) これからも、どうぞ宜しくお願い致します。 |
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毎回多くの気づきがありますが、自分が問題だなと感じている複数の事の根っこが大体いつも繋がっているのが面白いです。 昔の自分は思い込みが強く、些細な事ですぐ苛立ち、常に周りと戦っていた感じでした。今は平和な気持ちで日々過ごせるようになりました。自分を大事に扱うということがどういうことか分かるようになりました。 今までは誰にも相談する人がいなかったのですが、今は問題が起きても大丈夫だなと思えるし、セッションの中で解決する事も出来るのでとても気楽な感じです。 |
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カウンセリングを受けてしばらくしてからのことですが、セッションを受けておいて本当によかったな〜と感じました。 それは、実家の母が危篤で入院したときですが。わたしと母には長年確執があり、もしセッションにうかがっていなかったら母の見舞いには行けず、あとで後悔することになったと思うのです。 不思議ですが、セッションにうかがったのは、母との問題ではなくて仕事上のことでした。しかし、母との問題が仕事上での自信の喪失につながっていることに気づかせていただき、仕事上の問題も母との問題も解決してしまったことは驚くべきことでした。 オフィス・るんのセッションに感謝しています。 もしも、自分の心を癒していなかったら、自分はその後もどんどん不幸な種をまきながら生活していたと思い恐ろしくさえ感じます。 母は順調に回復しています。親孝行ができずに後悔しないようにいい時間をすごします。 |
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今回はうかがって本当によかったと思っています。 本当に自分の内側をちょこっと変えてあげるだけで、外側の現実なんんて簡単に変わってしまうものなんだな〜と、改めて、たかちゃんセラピーの威力に感嘆いたしました。 今は、以前よりも自分自身を受け入れられるようになった気がします。 (宿題の)ワークをしながら、「あるがままでは駄目で、頑張らないといけないんだ」という信念も見つけることができました。 ほんと、余計な信念、持っていますね〜。 これからしばらくお家ワークをやろうと思います。 今日は、本当に素晴らしい日をどうもありがとうございました。 |
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気がつけば、高校を中退して引きこもりになっていました。自分の人生、もうダメだと思ってあきらめていたと思います。 |
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セッションを終了してみて、「ああ、ここに来るべくして来たんだ」と納得した次第です。 精神世界の本を読みつくし、さまざまなセミナーに出たのですが、結局は無力感をつのらせる結果となってしまい、この先進むべき方向を失っていたからです。直感で、古川さんならこの状況を理解し、脱出口を一緒に見つけてくれるかもしれないと感じ、訪れてみてよかったです。 すべてのつじつまがあうように感じました。今なにがおきているのか、自分で納得できるということこそ、安心感を得られるのだと思います。 日々使えるさまざまなメソッドを習ったので、それをこれから実践していきたいと思っています。また、ブラッシュアップにうかがいます。ありがとうございました。 |
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セッションを受けて、今までの人生をひきずりこれからの事も案じていた心のどんよりした雲が晴れていました。 本当にありがとうございます。 今の状態も休息のギフトとして受け止め、変化を楽しんでいきたいと思います。 感謝! |
「オフィス・るん/ヒューマンセラピー研究所」のページへようこそ。
心理セラピストの古川貴子です。(→プロフィールはこちら)
「セラピー、カウンセリング、ヒーリングを受けてみたいけど・・・ちょと不安」「受けることはきめたものの、行動がおこせない」
まずは、こちらのページからどうぞ!
「オフィス・るん」、ここがアピール・ポイント! ![]()
* 長年のセラピー経験があってこそ、できること・・・ *
セラピーも日々、進化しています。そして、'93年以来、二十数年セラピーに携わってきたからこそ、わかること、できることがあります。 お一人お一人の「気づき」のレベル(セラピーははじめて! あるいは、心理学、精神世界はけっこう知ってる!)によりそい、あるがままの「自分自身」を大切にしながら、解放されたほんとうの「自己」として、より自由に軽やかに生きるためのセッションを行っていきます。
* セラピーは「足し算」ではなく「引き算」すること *
あなたは、ほんとうはどこも間違ってもいないし、足りなくもありません。ただ、不必要な信念や思いこみを抱えこみ、本来のあなたの完全さをおおい隠してしまっています。するべきことはただひとつ、あなたのなかのいらないものを捨て去ること! あなた本来の輝きがあらわれるように、こころの「スス払い」をしてあげること。限りなく引き算をすることがセラピーなのです。
* 起ることはすべて「贈りもの」、必要なこと *
目のまえの出来事に動揺し、それを「問題」だととらえるのか? それとも「さらに幸せになるためのチャンス!」として歓迎するのか? それは、まだ自分を苦しめつづけるのか、それとも幸せになる選択をするのか、ということでもあります。セラピーは、「自分を苦しめる問題」だと思えたものを、またとない癒しの機会ととらえ、より満ち足りて穏やかな自分へと舵をきります。
* ここちよいスピードで、ゆったり、じっくり、たのしく *
それぞれの個性や理解度、気づきのペースはさまざまです。ご自分らしさを大切にしながら、「本来の自分に気づくワクワク感」や、「癒すこと」と「学ぶこと」を楽しめるセッションをこころがけています。
* 原因から根こそぎセラピー *
いま目にしている問題は、原因ではなく結果にすぎません。結果にアプローチしても解決することはできません。すべての問題は、「こころ」のなかにある思いこみに原因があります。原因である「こころ」の修正こそか、唯一の解決方法なのです。「こころ」のなかにある本当の原因を手放すことで、目に見える世界も大きな変化をとげます。自分にとって、世界がより穏やかで優しくなるのです。
* 自分ひとりでも対処できるように *
セラピーをすすめるなかで、ご自分自身で「こころ」の面倒をみることができるように学びを深めてゆきます。その後の生活のなかで、あなたが自分のセラピストになり、さまざまな問題に対処できる力をつけてゆきます。
「今ね、セラピストのところに通っているの」「これから、カウンセラーに会うの」
アメリカの映画やドラマには、こんな会話がひんぱんに登場します。セラピーが日常にとけこんでいて、風邪をひいたからお医者さんにかかる、というような気軽さを感じます。また、大企業のトップの方などは、定期的にセラピーを受けていることが信頼の証となっているようです。
日本でも、「セラピー」がより身近になってきています。有名なミュージシャンの方が、定期的なセラピスト通いを公表されていました。占いなどに頼るのではなく、問題の根本である自分の「こころ」を変えることこそが大切だ、という考えが浸透しはじめているからだと感じます。
しかし、「いざ、セラピーをうけてみよう!」と思っても、はじめてのところで「こころの内」をあかすのは不安なものです。
そんなあなたのために、「オフィス・るん」では『あなたにあったセラピーを楽しみながら』をモットーに、「ほんとうの自分に気づくことにワクワクする」、「新しいものの見方を学ぶことが嬉しい」 。「 モヤモヤ、怖れを手放すことで、未来の自分が楽しみになる」、そんなセッションをこころがけています。
(ブログより 気づきの日記「セラピーって怖くないですか?」)
問題は、自分の外側にあるように見えても、じつは「こころ」のなかに存在しています。そもそも、世界そのものがあなたの「こころ」が外側に映しだされたイメージだからです。
じつは、これは嬉しいニュースです。外側にあるものを変えるのは大変ですが、自分の内側にある「こころ」は自分でどうにかできるからです。
「こころ」こそが唯一、すべての問題の解決手段なのです。外側を変えようとする努力は、必ず失敗に終わり挫折感・無力感につながります。
「こころ」はいつでも自由に変えることができ、「こころ」の変化にともないあなたの目にする世界も変わります。「こころ」こそが、変化を生みだすために、また幸せになるために、唯一大切にされ、癒されるべき場所なのです。
こころをお掃除して本来の自由な自分に気づくことは、私たち自身の深いところにある望みそのものです(そのためにこそ、「問題」は本当の自分へと戻る手段となります)。自分のすべてを優しく受けいれながら、喜び、愛、安らぎ、豊かさのなかでのびのびと生きることがあなたの本来の姿なのです。
セラピーの目的は、あなたを修理したり、何か足りないものをつけたすことではありません。
ただ「あなた本来の完全さ」と「あなたの真のアイデンティティ」を取りもどすために行うものです。つまり、あなたはすでにダイヤモンドであり、そのダイヤモンドのまわりにたまったホコリをきれいにしてあげることなのです。そのホコリこそが、無価値観、自己嫌悪、罪悪感、怖れをうみだす根源なのです。ダイヤモンドであるあなたは、今でも完全であり、愛、喜び、安らぎを放ちながら、燦然と輝きを放っています。
そのダイヤモンドの輝きを取りもどすことが、セラピーそのものです。
わたしたちは学校で、自分がすでにダイヤモンドであることを教えられていません。また、くもってしまったダイヤモンドのケアの仕方も知らないのです。つまい、「いちばん肝心なこと」「生きていくために大切なこと」は何ひとつ習わずにきてしまいました。何も知らな いこどもにスーパーコンピューターを与えても何の役にもたたないのと同じように、私たちは自分の輝きに気づくことも役立てることもできていないのです。
「自分とはどんな存在なのか?」「世界とはどういうところなのか?」「自分の感情にどのように向きあうか?」 ・・・自分に対する理解を深めるとともに、自分の「こころ」を扱うルールも学ばなければなりません。
あなたの完全さにふたたび目覚めること、それを解き放ってあげること、その輝きのなかで生きること、それこそがセラピーのなかでしていくことなのです。
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・とくに問題はないけど、もっと幸せになれるのでは? |
はじめての方は、「受講コース相談カウンセリング」からスタートがオススメ!
いずれのコースも受講可能ですが、最初に「受講コース相談カウンセリング」からスタートされることをお勧めしています。(約1時間 ¥5,000)(*「経営者・エグゼクティブのためのセラピー」をご希望の方は、こちらのフォームよりお申し込みください。)
セッションから最大限の価値をえるために、自分の「なりたい姿」や「ゴール」を明確にします。また、自分のパターン化された問題を明確にし、いま起きていることへの気づきをうながし、またあなたのなかにある宝ものを明らかにするための準備を行いま す。本格的なセッションを始めるまえに、問題の焦点を絞り、効率的にセラピーを進められる土台を作っていきます。
たとえば・・・
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【 プレセッションとして 】 初めてヒプノセラピーやセラピューティックカウンセリングをおとりになる場合、ご自身の生育暦や現在の状況など、問題の聞き取りにお時間を要します。「受講コース相談カウンセリング」を「プレセッション」としておとりいただくことで、ヒプノセラピーやカウンセリングのセッションでは問題自体に的を絞ることができ、より深いセッションを行うことができます。 【 自分にあっているか知るために 】 セラピーにおいてはセラピストとの相性も大切な要素です。心地よくリラックスして話しがすすめられるかを確かめていただく機会としてもご利用下さい。 【 とにかく一歩ふみだしてみるために 】 「何からどうしていいのかわからない」「そこそこ幸せだけど、モヤモヤする」「自分にあったコースはどれ?」「いつも同じパターンな気がする」「何かアドバイスが欲しい」「せっかくセッションを受けるのだから、ポイントを絞りたい」「本格的なセッションのまえに、自分について詳しく話しておきたい」「セラピストとの相性が心配」「どんな雰囲気のところかな」「セラピーってどんなもの」・・・とりあえず、一歩ふみだしてみましょう。 |

「受講コース相談カウンセリング」を受講すると、「カードリーディング」を無料で受けることができます!インターネットから申し込んだ方のみへの特典です。
『この世の中に、偶然というものはありません』・・・。何気なく引いた一枚のカードが、あなたの深いところに潜む「無意識のうちに繰り返してしまう パターン」とその原因、同時にあなたの中にひっそりと息づく「宝もの」を指し示してくれます。それはびっくりするほどの正確さで、あなたの内側を照らしだ してくれるのです。一枚のカードから、さまざまな気づきの旅が始まるかもしれません。
「やってみたいな♪」と感じたところから、もうあなたの癒しと気づきへの変化はすでにはじまっています。
もっとわくわくした生き方、軽やかでステキな自分になる一歩を勇気をだして踏み出してみましょう!
・各セミナーページ内の申し込みフォームよりお申し込みください。
・セッション希望の日時や、曜日、時間帯をご記入いただけると、ご予約がスムーズです。お申し込みはこちらから。
・携帯、パソコンメールで以下のアドレスが受信できるように設定をしておいて下さい。
furukawa●office-lun.com (←●のところに @ マークを入れてください)
▶受講コース相談カウンセリング ¥5,000(ヒプノページのお申し込みフォームからどうぞ)
▶リコネクティブヒーリングとリコネクション
▶ヒプノセラピー(催眠療法/前世療法)
▶セラピューティックカウンセリング
【申し込みフォーム以外の方】
お電話にてお申し込みいただけます。セッション中は留守番電話になっておりますので、
1. お名前
2. 電話番号
3. ご希望のセッションとご希望日をいくつかをメッセージ録音してください。
TEL: 03-3719-6414
電話で返事が必要な場合には、都合の良い時間帯もお知らせください。
スケジュールによりすぐにお返事できない場合がありますが、基本的には48時間以内に返信させていただいております。どうぞご理解下さるようお願い致します。
【返信がない場合】
まれにメールの通信トラブルにより、受信・送信が行われていないことがあります。48時間以内に返信をお受けとりになっていない場合は、迷惑メールフォルダをご確認のうえ、お手数ですが別のメールアドレスから再度ご送信下さいますようお願い致します。
お申し込み・お問い合わせはこちらからどうぞ。
・【 守秘義務について 】 セッション時にお話しになられたことは、ご本人の了承なしで他に漏れることは一切ありません。安心してご相談ください。尚、自傷他害を含む問題がある場合には、しかるべき機関への情報を開示させていただく場合がございます。
・【 キャンセルポリシー 】 ご予約の変更・キャンセルは、セッション前日の 18:00 までとさせていただいております。メールかお電話にて、お知らせください。セッション当日の変更・キャンセルにつきましては、返金できかねますのでご容赦ください。(「連絡フォーム」へ)
【 こちらのサイトで掲載されています 】
*カウンセリング.com *心理カウンセリングサーチ *癒し系総合ポータルサイト *こころつむぎ*
世界を創造した「神様パパ」は、頑固! 偏屈! 短気!イジワル! そのうえむさ苦しくって、さえないおやっつぁんです。
部屋に閉じこもってはパソコンで世界を操作し、気晴らしをする毎日。さまざまな事故や天災をこしらえては、意地悪な笑みを浮かべて満足し、またいろいろな法則もあみだしています。
たとえば、「トーストはジャムをぬった面から床に落ちる」法則。(あるある!笑)「湯船につかったとたんに電話が鳴る」法則とか、「お皿は洗ったあとに割れる」法則 ・・・ などなど。
神様パパには二人のこどもがいて、長男は超有名人。いまや、チェストのうえのおきもの状態。(イエス・キリストです!)そして娘のエマは、反抗期の真っ最中。
エマは神様パパと大ゲンカをして、神様パパのパソコンから全世界の人に一斉メールを送ってしまいます。それは、それぞれの余命を通知するメール。
メールを受けとった人たちは、突然の余命宣告にビックリするとともに、どんどん減っていく残り時間にガクゼンとします。そして、突如本当に生きることに目覚めてしまいます。
ここまで書くとコミカルな映画だとわかりますが、最初は映像はさえないし、神様パパはむさ苦しくって意地悪だし、キリスト教で育ったわたしとしては「こんな神様像、笑えないんですけど〜(汗)」と若干嫌悪感。
でも、画面は暗いくせにやたらポップなので、かえってユーモアのセンスが光ります。
娘のエマは、自宅の洗濯機を化繊洗いにすると人間界に行かれることを知って、余命メールにてんやわんやになっている人たちをサポートしに、妙ちくりんな奇跡をおこしに地上に向かうのです。
自分に正直な生き方をしはじめちゃった人は ・・・ たとえば、余命がまだたっぷりあると知ったとたんに飛行機からダイブしちゃったり・・・ でもちゃんと生きてるし(笑)。ブルジョワのマダム(カトリーヌ・ドヌーブ)は夫に愛想をつかして、ゴリラを恋人に選んじゃったり。
ハリウッドの笑いとはまったく違う笑いですが、可笑しいです。そして、最後にはいつのまにかホロリとさせられてしまうし ・・・。イジワルな神様のわりには、ほんわかした気持ちで観終えました♪
ハデさはありませんが、笑える楽しい一本です。(「神様メール」)
PS じつはわたしたちって「神様は気まぐれで、サディスティックで、わたしたちは操り人形のようにホンロウされている可哀想な被害者にすぎない」って心のどこかで恨みを抱いているのです。だってみんな、「わたしのこの人生の災難は何なんですか!」「この世の中で起きている天災を神様どうにかしてください!」って懇願しなかった人はいません。だからこそ、ホントのことを見ちゃったようなこのストーリーって、「そう思ってたよ〜。やっぱりそうか・・・ 」とヘンに納得のいく笑いになってしまうのです(汗)。
涙壷度:★☆☆☆☆(ちょいホロリ)
〒153-0061 東京都目黒区中目黒1丁目3-11-1005 Tel 03-3719-6414
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