10-07-13 感情の洗面器になっていませんか? その1

あなたの近しい人が超不機嫌なとき、あなたはどうしますか?そりゃ、たま〜にだったら相手をしてあげるけど、コンスタントに不満やグチ、文句たらたらな人はいただけません。

そんなとき、
・黙って聞く(そうしなければならないと思っている、あるいはヨイ人でありたいと思っている)
・さっさと逃げ出す、あるいは聞くふりをして聞いちゃいない
・相手にどうして欲しいのか聞く

たいてい、ちゃんと聞いてあげるのがよきパートナーや友の証だと思っていたりします。わたしも以前はそうでした。無防備に全部聞いていたのです。すると、だんだんそれがエスカレートして次から次へと吐き出される。まるでわたしは、具合の悪い人に洗面器をさし出している人のよう。きゃ〜ん!キミはさぞすっきりしただろうが、その後わたしはこれをどうすりゃいのだ!?・・・ってことに。誰かの感情の洗面器になってしまうことはよくあることではないでしょうか?

注意したいのは、感情はSARSやノロウィルスなみの感染力あり。不機嫌さやイライラが発せられるやいなや、それはあっというまにまわりの人の気分を汚染して、その広がりは津波のよう。(キケン警報を発令しなくっちゃ)

もし、自分がハッピーでいたいと思うなら、わたしたちは病原菌から身を守るようにこの無防備にまき散らさせるイライラやら不機嫌菌からも身を守らなければなりません。無防備でいてはいけないのです。とくに、近しい人に対しては。なにしろ、汚染はすこしづつ忍びより、気がついたらすっかりアンハッピーなわたしになっているかもしれません。

そもそも、感情は相手が好きで感じているものであって、その責任を誰かがとってあげる必要はないし、ましてや同じように感じてあげる義務もないわけです。同じように感じてあげても、「最悪な人」がもう一人増えて感染力がアップするだけです。それに、感情をまき散らす人は環境汚染そのもの。このエコな世の中、自分の感情の処理だってちゃんとできなければならないのです。

さて、イライラ、ブツブツ、プリプリ、タラタラなネガティブ人間にはどう対処しましょう?

わたしの場合は、相手がめちゃくちゃ機嫌が悪くて感情を垂れ流しているな、と感じたら、すかさず尋ねます。
・ただ、黙って聞き役になってほしいのか?
・やさしくなぐさめてほしいのか?
・解決策を一緒に考えてほしいのか?
・ただ、あたりちらしたいのか?

黙って聞く場合には、「じゃあ、三分でめいっぱい怒りや不快感を出し切って!全力でね。三分たったらおしまい!」と手短かに盛り上げちゃいます。長々やるよりも、一気に解消するのが効果的。もし、あたりちらしたいのであれば、人間相手はご遠慮いただいて、サンドバッグとか、枕とか、モノにあたっていただきましょう。

この選択肢は結構効果的です。なかには、感情は人にぶつけてあたりまえと思っている方もいらっしゃるので、その場合は教育も必要になってきます。「感情は、そもそも本人が感じているのだから、その本人の責任であること。だから、たれ流しは公害なのです」「そして、機嫌が悪いとき、上に書いた選択肢の中から人に助けを求めることができる」ということ。つまり、しばし聞いてくださいとか、傷ついています、なぐさめてください、とか。「まき散らしてあたりまえ」と思っているとしたら、それは大きな間違いです。

そこで、上手なグチり方も学ばなければなりません。上手なグチり方とは・・・?
(その2へ続く)

PS 本日は柿の木坂「Quatre(キャトル)
で書いていま〜す。静かなのでMy書斎です。ここのスウィーツはおいしいけど、応対してくれるおねえさん、そしてアイスティーのグラスが華奢すぎることがイマイチなのです。が・・・きょうは、なんと極上の笑顔のおねえさん &アイスティーも大ぶりなしっかりしたグラスにたっぷりでした。(^_-)-☆ ノドの痛いのをいたわって、きょうはクレームキャラメル♪

気づきの日記 「感情の洗面器になっていませんか?」その1

あなたの近しい人が超不機嫌なとき、あなたはどうしますか?そりゃ、たま〜にだったら相手をしてあげるけど、コンスタントに不満やグチ、文句たらたらな人はいただけません。

そんなとき、
・黙って聞く(そうしなければならないと思っている、あるいはヨイ人でありたいと思っている)
・さっさと逃げ出す、あるいは聞くふりをして聞いちゃいない
・相手にどうして欲しいのか聞く

たいてい、ちゃんと聞いてあげるのがよきパートナーや友の証だと思っていたりします。わたしも以前はそうでした。無防備に全部聞いていたのです。すると、だんだんそれがエスカレートして次から次へと吐き出される。まるでわたしは、具合の悪い人に洗面器をさし出している人のよう。きゃ〜ん!キミはさぞすっきりしただろうが、その後わたしはこれをどうすりゃいのだ!?・・・ってことに。誰かの感情の洗面器になってしまうことはよくあることではないでしょうか?

注意したいのは、感情はSARSやノロウィルスなみの感染力あり。不機嫌さやイライラが発せられるやいなや、それはあっというまにまわりの人の気分を汚染して、その広がりは津波のよう。(キケン警報を発令しなくっちゃ)

もし、自分がハッピーでいたいと思うなら、わたしたちは病原菌から身を守るようにこの無防備にまき散らさせるイライラやら不機嫌菌からも身を守らなければなりません。無防備でいてはいけないのです。とくに、近しい人に対しては。なにしろ、汚染はすこしづつ忍びより、気がついたらすっかりアンハッピーなわたしになっているかもしれません。

そもそも、感情は相手が好きで感じているものであって、その責任を誰かがとってあげる必要はないし、ましてや同じように感じてあげる義務もないわけです。同じように感じてあげても、「最悪な人」がもう一人増えて感染力がアップするだけです。それに、感情をまき散らす人は環境汚染そのもの。このエコな世の中、自分の感情の処理だってちゃんとできなければならないのです。

さて、イライラ、ブツブツ、プリプリ、タラタラなネガティブ人間にはどう対処しましょう?

わたしの場合は、相手がめちゃくちゃ機嫌が悪くて感情を垂れ流しているな、と感じたら、すかさず尋ねます。
・ただ、黙って聞き役になってほしいのか?
・やさしくなぐさめてほしいのか?
・解決策を一緒に考えてほしいのか?
・ただ、あたりちらしたいのか?

黙って聞く場合には、「じゃあ、三分でめいっぱい怒りや不快感を出し切って!全力でね。三分たったらおしまい!」と手短かに盛り上げちゃいます。長々やるよりも、一気に解消するのが効果的。もし、あたりちらしたいのであれば、人間相手はご遠慮いただいて、サンドバッグとか、枕とか、モノにあたっていただきましょう。

この選択肢は結構効果的です。なかには、感情は人にぶつけてあたりまえと思っている方もいらっしゃるので、その場合は教育も必要になってきます。「感情は、そもそも本人が感じているのだから、その本人の責任であること。だから、たれ流しは公害なのです」「そして、機嫌が悪いとき、上に書いた選択肢の中から人に助けを求めることができる」ということ。つまり、しばし聞いてくださいとか、傷ついています、なぐさめてください、とか。「まき散らしてあたりまえ」と思っているとしたら、それは大きな間違いです。

そこで、上手なグチり方も学ばなければなりません。上手なグチり方とは・・・?
(その2へ続く)

PS 本日は柿の木坂「Quatre(キャトル)」で書いていま〜す。静かなのでMy書斎です。ここのスウィーツはおいしいけど、応対してくれるおねえさん、そしてアイスティーのグラスが華奢すぎることがイマイチなのです。が・・・きょうは、なんと極上の笑顔のおねえさん & アイスティーも大ぶりなしっかりしたグラスにたっぷりでした。(^_-)-☆ ノドの痛いのをいたわって、きょうはクレームキャラメル♪

やっちまいました〜 (>_<)

ノドがぱんぱんに腫れてます。ああ・・・わたしのたいせつな商売道具・・・。

もともとノドにきやすいたちなので、冬はそれはそれは完全防備。外出には必ずマスクとマフラー着用。バッグにはノド飴と水分を。戻れば、うがいに手洗い。でも、夏場は油断してましたよ〜。

セキが止まらなくなって耳鼻科に駆け込んだものの、先生がノドに塗った薬にも、吸入にも涙ボロボロ。し、し、しみる〜!!ゴウモンのようだわっ!

そこから、悪化の一途です。このやたら暑いのは、外気のせいか、はたまた上昇している体温か?

そうね〜。もともとお医者にはかからないので、かえって拒絶反応かもしれません。

そこへ、引き出しからコロリと出てきたのが漢方ドリンク。そうだっ!いつもひきはじめにこれをお湯割りで飲めば完治していたのでした。わたしの秘薬♪パニクって忘れてました。今さらですがお湯割りでちびちび・・・。

なんか、もう大丈夫な気分!(ハイ、病は気から・・・(^。^;  たんじゅん・・・)

田舎の休日

三日間の out of town!

梅雨のお出かけも、またいいものですよ。

すいています。東北新幹線、カンコ鳥・・・。いなさすぎるのも、ちょっとサビシイですが。

深い緑に、真っ青な田んぼ、牛蛙やら、さまざまな虫の声・・・そして、やっぱり吹き渡る風がどこか懐かしい。

東京ではすでに感じづらくなった、日本の山里、夏の風情です。

10-07-04 ”しあわせ”でいる方法って?

セッションを終了したB子さんからのご質問。「今はとってもいい気分。手っ取り早く、しあわせをキープし続ける方法って何でしょうか?」と。

「手っ取り早くしあわせでいる方法ね〜」・・・。とっさに答えたのがこんな方法。(「とっさ」は思考が働くひまがないので、けっこう深かったりします。)

まず、「しあわせ」っていう言葉じたいが、青い鳥のようなもの。「王子さまとお姫さまは生涯しあわせに暮らしましたとさ・・・」という物語で教育されると、「しあわせ」は一回手にしたら永続的なものだと勘違いしてしまいます。でも、たいていの「しあわせ」感って、一瞬キラリとやってきては去ってゆくもの。(もちろん、その下に脈々と流れる静かなしあわせ感はありますが)。

ずっと、ちゃんと、完璧にしあわせでいなければと思ってしまうと、「しあわせ」感は感じにくくなります。「しあわせ」の中身って・・・たとえば、心楽しい
感じ、嬉しい感じ、愛しい感じ、ありがたい感じ、誇らしい感じ、希望が持てる感じ・・・といろいろな感情があり、それらはすべてあるときやってきては去ってゆくもの。(去って行ってもじつは、ちゃんと心に蓄積されているのですが。)ですので、まず、「しあわせ」という単語よりもこれらの小さな感情をたくさん体験できるようにしてあげることが大切ですね。

Winkその1 比較をやめる。ぜんぶ、「これでい〜のだ!」
苦しみのほとんどは、他と比較することから生まれます。比較から優劣がうまれ、優があるからこそ劣がやってくる、という果てしないUP DOWN ゲームに巻き込まれます。自分の体験、自分の持ち物、自分の容姿・・・そうなんだから、それでいいじゃないですか。
あと、現状に対して、「ま、いっか!」を口グセにするのもおススメです。そのぐらいユルく構えましょう。

Laughingその2 「今」を好きになる
今がイヤだから、いつか幸せになる・・・。といっても、いつまでたっても、どこまでいっても、自分が直面しているのは不思議に「今」ばかり。人生は「今」の連続。「いつか」は幻想なのです。
自分がいる場所がいつだって「今」なのだったら、「今」、たった「今」、ちょっと口角を上げて微笑んで、とりあえず生きてるし、とりあえず笑えるし、悪くないんじゃない?幸せだわ♪と言ってしまいましょう。

Surprisedその3 一日にいち感動以上
「感動するようなことなんてありませ〜ん」と言わないでくださいね。たとえば、昨日のわたし。「お散歩中、おもわぬところからクチナシのいい香り!ああ、シアワセ」「雨の日割引で、クスリ屋さんで1000円ゲット、ありがたいな〜!」などなど。いろいろびっくりできるし、喜べる、感謝できる、エキサイトできる、愛しく感じる・・・これ、心をフレッシュに保つ秘訣です。やって来ては去って行く、こんな日々のプラス感情をいつくしみましょう。
また、たまには、感動ものDVDで爆泣きもおススメ。

Tongue outその4 自分に正直に
自分の最期がやってきたとき、いったい人は何を後悔するのでしょうか?・・・それは、自分に正直でなかったこと。自分が本当にしたいことを自分にさせなかった、自分が本当に言いたかったことを伝えなかった・・・など自分に対して不正直であったこと。
だから、日頃から小さなことで自分に正直になる習慣をつけましょう。スーパーでヨーグルトを買う、カフェでスウィーツをオーダーする・・・こんなささいなことでも、体脂肪やら、ダイエットを考えてばかりいるのではなくて、自分の気持ちを聞いてあげる練習をしましょう。小さなことができるようになると、イザというときに自分の気持ちに正直である習慣がつくでしょう。

Laughingその5 人と自分が喜ぶことをする
自分のことばかり年がら年中考えていると、どんどん自分がちっちゃくなってカチカチに萎縮してしまいます。一方、人を気遣うと、エネルギーがまわりに放射されて、その思いやりの波動に引寄せられて楽しいこと、嬉しいこと、ラッキーなことがやってくるのです。エネルギーは外へ外へ。そして、まわりに自分を与えるとき、その贈りものと引きかえに、きっとあなたの欲しいものがやってきます。キリスト教では、そっといいことをすることを「天に宝を積む」といいます。この宝の量が、「運」でもあるのですね。
そして、自分を意図的に忘れ、まわりや他人に注意を注ぐこと、これは心地よく健康な毎日を送る秘訣でもあるのです。

気づきの日記 「”しあわせ”でいる方法・・・って?」

セッションを終了したB子さんからのご質問。「今はとってもいい気分。手っ取り早く、しあわせをキープし続ける方法って何でしょうか?」と。

「手っ取り早くしあわせでいる方法ね〜」・・・。とっさに答えたのがこんな方法。(「とっさ」は思考が働くひまがないので、けっこう深かったりします。)

まず、「しあわせ」っていう言葉じたいが、青い鳥のようなもの。「王子さまとお姫さまは生涯しあわせに暮らしましたとさ・・・」という物語で教育されると、「しあわせ」は一回手にしたら永続的なものだと勘違いしてしまいます。でも、たいていの「しあわせ」感って、一瞬キラリとやってきては去ってゆくもの。(もちろん、その下に脈々と流れる静かなしあわせ感はありますが)。

ずっと、ちゃんと、完璧にしあわせでいなければと思ってしまうと、「しあわせ」感は感じにくくなります。「しあわせ」の中身って・・・たとえば、心楽しい感じ、嬉しい感じ、愛しい感じ、ありがたい感じ、誇らしい感じ、希望が持てる感じ・・・といろいろな感情があり、それらはすべてあるときやってきては去ってゆくもの。(去って行ってもじつは、ちゃんと心に蓄積されているのですが。)ですので、まず、「しあわせ」という単語よりもこれらの小さな感情をたくさん体験できるようにしてあげることが大切ですね。

Winkその1 比較をやめる。ぜんぶ、「これでい〜のだ!」
苦しみのほとんどは、他と比較することから生まれます。比較から優劣がうまれ、優があるからこそ劣がやってくる、という果てしないUP DOWN ゲームに巻き込まれます。自分の体験、自分の持ち物、自分の容姿・・・そうなんだから、それでいいじゃないですか。
あと、現状に対して、「ま、いっか!」を口グセにするのもおススメです。そのぐらいユルく構えましょう。

Laughingその2 「今」を好きになる
今がイヤだから、いつか幸せになる・・・。といっても、いつまでたっても、どこまでいっても、自分が直面しているのは不思議に「今」ばかり。人生は「今」の連続。「いつか」は幻想なのです。
自分がいる場所がいつだって「今」なのだったら、「今」、たった「今」、ちょっと口角を上げて微笑んで、とりあえず生きてるし、とりあえず笑えるし、悪くないんじゃない?幸せだわ♪と言ってしまいましょう。

Surprisedその3 一日にいち感動以上
「感動するようなことなんてありませ〜ん」と言わないでくださいね。たとえば、昨日のわたし。「お散歩中、おもわぬところからクチナシのいい香り!ああ、シアワセ」「雨の日割引で、クスリ屋さんで1000円ゲット、ありがたいな〜!」などなど。いろいろびっくりできるし、喜べる、感謝できる、エキサイトできる、愛しく感じる・・・これ、心をフレッシュに保つ秘訣です。やって来ては去って行く、こんな日々のプラス感情をいつくしみましょう。
また、たまには、感動ものDVDで爆泣きもおススメ。

Tongue outその4 自分に正直に
自分の最期がやってきたとき、いったい人は何を後悔するのでしょうか?・・・それは、自分に正直でなかったこと。自分が本当にしたいことを自分にさせなかった、自分が本当に言いたかったことを伝えなかった・・・など自分に対して不正直であったこと。
だから、日頃から小さなことで自分に正直になる習慣をつけましょう。スーパーでヨーグルトを買う、カフェでスウィーツをオーダーする・・・こんなささいなことでも、体脂肪やら、ダイエットを考えてばかりいるのではなくて、自分の気持ちを聞いてあげる練習をしましょう。小さなことができるようになると、イザというときに自分の気持ちに正直である習慣がつくでしょう。

Laughingその5 人と自分が喜ぶことをする
自分のことばかり年がら年中考えていると、どんどん自分がちっちゃくなってカチカチに萎縮してしまいます。一方、人を気遣うと、エネルギーがまわりに放射されて、その思いやりの波動に引寄せられて楽しいこと、嬉しいこと、ラッキーなことがやってくるのです。エネルギーは外へ外へ。そして、まわりに自分を与えるとき、その贈りものと引きかえに、きっとあなたの欲しいものがやってきます。キリスト教では、そっといいことをすることを「天に宝を積む」といいます。この宝の量が、「運」でもあるのですね。
そして、自分を意図的に忘れ、まわりや他人に注意を注ぐこと、これは心地よく健康な毎日を送る秘訣でもあるのです。

きみたちっ!ジャンケンしなさい

「PK戦は時の運」・・・

だったら、いっそ、ジャンケンにしちゃいませんか!?

そのほうが、「しょうがなかった」感は受けいれやすいし、笑いを誘えるかも・・・(笑)。

しかし、日本男児、惚れ直しました。ヨサコイの男性に並んで、ブルーの侍、カッコよかったです。

ちなみに、ヨサコイの男性とは・・・毎年、中目黒のヨサコイ祭りをみていて、個人的に浴衣の男性がとってもカッコいいと感じるこの頃です。とくに、メタボ気味の恰幅のいいオジチャン!やっぱ日本男児は和服でしょ!羽織袴で外交したほうが、ずっと貫禄があるし威厳もあるだろうな〜。

PS 最近、電化製品のうなり音、遠くに走る電車の音・・・あれこれがブブゼラ音に聞こえはじめました。W杯が終わったら、なつかしく感じるかも。ブブゼラって、どうやら耽溺性あり?ラッパ、買っちゃう?(^^;

10-06-29 ご近所、新たなる発見♪(中目黒)

こと、イタリアンに関しては、近所のおいしいお店は行き尽くしたな〜という感じでしたが、ナント!まだあった♪という嬉しい発見。

以前お世話になった編集のE子さんとランチ。彼女のご提案が「るん」」から至近距離のイタリアン。それも、とってもおいしい、と。・・・知らないぞ〜(汗)。

名前は「オステリア アゴスティーニ」。住宅街にひっそりひっそりと営業しています。

11:30の開店にいちばんのりしたのですが、12:00 には完璧に満席。

なにが人気なのか?・・・まず、文句なしでおいしいです!そして¥1000のランチでも前菜たっぷりで手抜きなし。全体的に海外で食事をしているようなボリューム感。自家製パンも、なんとも美味。

ホントはキャベツとエビのペペロンチーノが食べたかったのですが、午後の打ち合わせを考えてアマトリチャーナを。一方、E子さんは白いシャツだったので、アマトリチャーアは断念しペペロンチーノ。ということで、まるでお互いのために味わっているようなランチ(笑)。アマトリチャーナは、ベーコンの厚み、チーズの絡まり具合、具の量など、とてもよいバランスでした。細めのパスタも、たっぷりソースが絡んでGOOD。(^_^)

ディナーに是非、来たいお店。次回のスタッフミーティングは決まりかな!当面、あそびに来た友人とは通っちゃうかもしれません♪

ちなみに、¥1000のランチで満腹。このわたしがっ・・・デザートまで行きつけませんでした。

ご近所、新たなる発見♪

こと、イタリアンに関しては、近所のおいしいお店は行き尽くしたな〜という感じでしたが、ナント!まだあった♪という嬉しい発見。

以前お世話になった編集のE子さんとランチ。彼女のご提案が「るん」」から至近距離のイタリアン。それも、とってもおいしい、と。・・・知らないぞ〜(汗)。

名前は「オステリア アゴスティーニ」。住宅街にひっそりひっそりと営業しています。

11:30の開店にいちばんのりしたのですが、12:00 には完璧に満席。

なにが人気なのか?・・・まず、文句なしでおいしいです!そして¥1000のランチでも前菜たっぷりで手抜きなし。全体的に海外で食事をしているようなボリューム感。自家製パンも、なんとも美味。

ホントはキャベツとエビのペペロンチーノが食べたかったのですが、午後の打ち合わせを考えてアマトリチャーナを。一方、E子さんは白いシャツだったので、アマトリチャーアは断念しペペロンチーノ。ということで、まるでお互いのために味わっているようなランチ(笑)。アマトリチャーナは、ベーコンの厚み、チーズの絡まり具合、具の量など、とてもよいバランスでした。細めのパスタも、たっぷりソースが絡んでGOOD。(^_^)

ディナーに是非、来たいお店。次回のスタッフミーティングは決まりかな!当面、あそびに来た友人とは通っちゃうかもしれません♪

ちなみに、¥1000のランチで満腹。このわたしがっ・・・デザートまで行きつけませんでした。

ラマちゃん来たる!

「明日、ダライ・ラマに行ってきま〜す」と友人にメールしたら、「ダライ・ラマに行くって・・・スゴイです。聖地みたいな響き」と言われました。

(笑)。たしかに・・・。ダラムサラかダライ・ラマか・・・。どちらも、ありがたい。

なまダライ・ラマは、さぞお可愛いかったです。チベットの高層の法王さまにそのような言葉は失礼ですが、ダライ・ラマ法王はいつだって屈託のない無邪気な少年のそのものに見えるのですもの。だからこそ、好きなのですが。

この日も、通訳のあいまに大きなあくびしちゃったり、あちこちボリボリ掻いていたり、はたまた可愛いタオルで顔を拭きまくったり・・・かなりオチャメな振る舞い。

講演最後のQ&Aでは、なんという価値判断やエゴを超越した受け答え(講演、全体を通しても、まったく指導的でも教育的でもありませんでした)。仰天するような質問者や批判的な質問内容にも、何ら抗うことなく、いつもどうりにこやかに、批判するでも説教することもなく、また取り繕うことも感情をあらわにすることもなく、そのまま自然体で素直にすべてを味わい愛でているこの態度。スゴイと思いましたね〜。「あるがまま」って、こういうこと?これぞ、セラピストのかがみ!!

わたくしごとですが、日々セラピーをしてゆくなかで強く感じるのは、「結局、みんな幸せになりたいんだな〜。各自がそれを求めて必死になることによって、また対立や問題がおきてしまうのだ」ということ。

法王さまの講演もまさにそんな内容でした。「結局、人は幸せになりたいと思っている。自分が好きでない人も、害を与える人も、その望みは同じ。このままならないこの世の中で、わたし同様に幸せを求めてもがいているのだ、とそこに共感をもてるようになると、争いがなくなる」と。つまり、いやがらせをされても、この人は自分同様、幸せになることに必死なんだ。わかるよその気持ち。みんな同じだね〜、という感じです。

自分の境界線を広げる・・・ということ。セラピーの場面でも、自分のことばかりを考えている人はどんどんつらくなってゆきます。そこで、目線を転じて、人の役に立とうとする、自分という存在を与えようとする・・・と目線がぐっと広がって、つらい頭の思考から抜け出すことができます。

すべてとの一体感、つながりを感じるということは、まわりの役にも立つし、なによりも自分が穏やかでいられるという大きな恩恵があるのですね。