furukawaさんのブログ

気づきの日記「たすけて〜!ダメなわたし」その2

(その1より)

誰かに文句を言いたいとき、攻撃したいとき、そんなときはもれなくその本人が幸せでないときです。文句や攻撃の相手はただの標的にすぎません。

このガミガミ言うお母さんは、娘のことに限らず、自分の人生のあらゆることが自分の思い通りにならない無力感にさいなまれています。ものごとが自分の思い通りにならないときや葛藤があるとき、ひとはそれを持て余します。どっかでガスを抜きたい、さっぱりしたいのです。自分の葛藤を自分の中で昇華する力もなく、また周りに力をかしてもらうというコミュニケーションもとれないので、結局その葛藤はどこかにぶつけられることになります。当たり散らすのに最適な場所・・・、それは都合よく「無力」の呪文をかけた娘なわけです。そして、娘をコントロールすることによって、自分の不安定な人生のコントロール感を取り戻すわけです。

また娘さんの立場からすると、なぜ母はわたしにガミガミ言うのだろう?母はわたしを愛してくれるはずなのに。その母がつらく当たるってことは、自分が愛されるに値しないからに違いない。と、確信し自信喪失します。「ダメなわたし」に対する自己攻撃に入ってしまうのです。

娘さん、違うんですよ〜!これは娘さんが、「母は無条件にわたしを愛してくれる人」という幻想に固執してしまったことが苦しみの原因となります。あるいは、他のおうちのお母さんと比較してしまったこと・・・。わたしたちは「母」=「無条件の愛」「やさしさ」「いたわり」という名札をつけようとします。しかし、「母」もひとりの人間。みんなと同じように心に傷のある人間です。もしかすると、この娘さん以上にガミガミ言われて育てられたので、同じように無意識でガミガミ言うのがあたりまえになっているのかもしれません。そうなると、「母」というラベルよりも、ひとりの「人間」としてどのような人なのかを冷静に観察しなければならないのです。

ああ、この人は自分に自信がないから、すぐにキレちゃうのね。すべてを自分の思い通りにしないとこわくてしかたがないのね。そして、攻撃することによって自分よりも弱いものをつくって、自分が優位に立ちたいのね。・・・と静かに分析してください。そうです。ただ「そういう人」なのです。それを淡々と理解しなければなりません。ゆめゆめ、理想に仕立て上げないようにいたしましょう。

すると、おのずと対処法が見えてきます。「お母さん、その言い方こわく感じるからもう少し静かに話してくれる?」とか、「わたしは自分がよかれと思ってやったけれど、うまくできないことは仕方がないわ」とか、母の理想と実際の娘の現実を冷静に教えてあげます。そして、思い切って距離をおくことも大切です。たとえ母であろうと。自分が傷つくときには、自分で自分を守る姿勢も大切なのです。

わたしたちはパターン化してしまった害のあるコミュニケーションや力関係に、鈍感になったり、いたずらに無力感を感じたりすることがあります。でも、もし自分がいやな思いをしているとしたら、もういちど他人のように離れた目線で冷静に関係のあり方をながめてみることです。もし、友人から相談されたとしたら、「あれ?それってすごくヘンじゃないの?」と気がついてしまうことがよくありますよね。そんなふうに、人から相談されたと思って客観的な目線でふだんの親しい人とのパターン化したコミュニケーションのあり方を見つめなおしてみましょう。

わたしたちは、自分を大切にすることに躊躇しがちですが、まずは自分の心によくよく聞き耳をたててあげること。そして、人は自分とは考えも感じ方も違って当然ということを前提に、自分の心の声をもとにお互いが歩み寄れるところを探ってゆくことも大切です。すると、双方に敗北感や支配された感覚が残らずよいコミュニケーションがとれるようになりますよ。Good Luck!(^-^)ノ

ぷち☆セミナー、終了!

都心の街路樹もすっかり色づき、枯葉のじゅうたんと青い空のコントラストがきれいです。さて、日曜日はBe-塾 第2回ぷち☆セミナー 「”伝わっちゃう”コミュニケーション術」のPart2でした。

今回は窓から色づいたお庭が眺め渡せる新宿文化センターの広々とした和室です。ひさびさにグループヒプノの前世療法をまじえながらのセミナー。レクチャーのあとは、合宿のようにお座布団を敷いてヒプノセラピー、そしてお茶タイムにQ&Aと盛りだくさんな午後でした。

グループヒプノはたまに企画するのですが、みんなあっちこっち違う世界にワープしちゃって「船が沈没するぞ〜!汗」(この方は船乗りさんだったのね)とか「ローマ軍が攻めてくる〜!」(中世ヨーロッパか?)とか、かなり賑やかだったりします。今回は雄叫び系の方がいらっしゃらなかったので、とても静かなセッションとなりました(いびきが聞こえた?空耳じゃない?)。

でも、それなりにいろいろな体験をされたようでした。ヒプノのセッションで「何も見えない」「聞こえない」というと「まったく何もできていないのでは?」と思われますが、じつはわたしの誘導でリラックスするだけでも十分セラピー効果ありなのです。ふだんはロックがかかっている潜在意識が自動的に開いて、何を見た、見ないにかかわらず、いらない感情、信念が蒸発するように解放されてゆきます。なので、終了したあとは、お風呂上がりのように深くリラックスしてさっぱりすることができますし、またその後の日常にも変化が現れたりします。

人は「わかっちゃいるけどやめられない」というように、表面の意識の部分で習慣や物の考え方に変化を起こすことは難しいですが、ヒプノは「何もみえない」あるいは「何か見えたけれど意味がわからない」っていう状態でも、自分のパターンが変わっていたりします。わたしたちが頭で考えるよりも、深い意識が勝手にお仕事してくれているという都合のいいセラピーなのです。

今回はヒプノをする、ということ以外は何も決めていなかったので、みなさまのご質問に答えつつ心が向くままにわたしの体験あれこれを含めて、いろいろなお話しをさせていただくことができました。

プロディースしてくださっている「そら」さんがいつもチョイスしてくださるスウィーツ、ブラウニーもおいしかったですね〜。(^^)

ご参加の皆様、オフィスそらさん、ありがとうございました。

熱海 again!

朝から空が青〜い。きょうはばっちり見えましたよ、今年はじめて(今さら・・・ですが)の富士山 from 新幹線。(ちっちゃくってわかんない?・・・汗)

午後にはセッションが終了してしまったので、遅いランチへお出かけ。

友人が幼少の頃から通っているという熱海の老舗洋食屋さん「スコット」さん。なんちゃってベジタリアンのわたしは牛タンLOVE♪なので、このお店の目玉メニュー、タンシチューとビーフシチューをハーフでいただいてみました。「きゃ〜♪」と叫んでしまうぐらいのトロトロ感。美味です。この黒々した秘伝のデミグラスは、代々つぎたされ守られてきた深いお味。でも、後味はとてもライトなのです。前菜のパテやテリーヌもおいしかったし、コーンスープもいかにも昔ながらの洋食屋さん風に、もったりと濃ゆいスープ。身体がすっかり暖まりました。

そんなステキなお食事のあとは熱海海岸を散策。こじんまりした入り江、そしてヨットハーバーがあり、リゾートホテルや別荘が立ち並び、山並みが見える・・・。あれれ?ここってモナコ?と錯覚するぐらいとっても違うのに、なんだか似ている熱海とモナコなのでした。

ひさしぶりに海風にあたってリフレッシュいたしましたよ〜。

気づきの日記「たすけて〜!ダメなわたし」

「今だにこのトシになっても母にガミガミ言われて、どんどん萎縮してしまうんです」(40代女性)
「夫に家事ができない、できないと言われ続け、ダメ人間な自分を責め続けています)(30代女性)

近しい人からの攻撃的な言動は傷つくものです。本人を萎縮させるどころかどんどん追いつめます。どちらの女性も口をそろえて、「いたらない自分がいけないんです」「いくら努力しても満足な自分になれなくって・・・」とうなだれます。

あらら〜・・・。(~.~;

まず問題なのは、わたしたちの身の振り方です。わたしたちはまわりの反応をみながら自分の立ち居振る舞い、あるいはどういう人でいるか、ということを決めてきた、ということです。これは幼少の頃から無意識でやっているのですが、父、母、兄弟などの反応に敏感になりながら自分の立ち位置を決めてゆきます。なので、現在のご自分はこの訓練のたまものであり、家族の中で働いている力学の一部でもあるのです。決して「素」の本来の自分ではなく、そのように感化された自分なのです。

「自分の気持ちを通そうとするとお母さんは嫌な顔をする。不機嫌なお母さんを見るよりは、最初からお母さんの言うことに従ってしまおう」とか、「人より何かがうまくできると嫉妬されて仲間はずれにされる。だったらいっそダメ人間、とろいわたしをやったほうが人は可愛がってくれる」・・・ってな具合に、まわりに安全に適応して愛される自分を無意識に演出してゆきます。

だから「とっても控えめ」な自分だと信じていたけれど、潜在意識の中には「とっても控えめ」にさせられてきた怒りとともに、本来の自分の率直さがためこんだエネルギーによって「暴君」のような危険なエネルギーと化して潜伏していたりします。よく殺人事件があると「あんなにおとなしい人が信じられない」とコメントされたりしますが、そうなんです、本来の自己が、抑圧されてきたがゆえの怒りとともに爆発してしまったわけです。

誰でも無意識のうちに周りの反応をみながら自分を演出することを覚えるわけです。でも、これはまわりに力を明け渡しているので自分は無力に感じるし、またまわりの出方しだいでふりまわされ続けます。

あるところから、注意の転換が必要になるわけです。

自分の注意をまわりをうかがうことに使うのではなく、自分がどう感じているのかに向けてあげること。自分がどのように感じて、どのようにふるまいたいのかを、まわりの反応とは関係なく自分の気持ちを軸に決めてゆくこと。これを身につけないと100人の人から自分に対して違ったコメントを受けとると、ついにはどのように反応してよいのかわからなくなります。そして、自分の気持ちを感じてあげることは、自分を大切にする、自分の感じ方を信頼し、尊重するという自己信頼を育てることでもあるのです。まずは、自分の気持ちを尊重し、自分を中心にそえてあげることが大切なのです。

そしてもうひとつ大切なことは、「人の言動は、その人の勝手だ」ということを知ることも大切です。

誰が何を言おうと(たとえ、それが親であろうと)その人の言葉は、結局その人の「生い立ち(生育環境)」「トラウマ」「劣等感」「独自の価値判断」「その日のご機嫌」などにかかわっているということ。その人の言葉は、その人にしか理解できない(いや、本人も理解していないですね)いろいろな複雑な要素がからみあって発っせられているのです。そしてそれは、なんら「真のわたし」とは関係がないのです。言わば、モロに相手の勝手です。

たとえば、冒頭の「娘にガミガミ言うお母さん」。人はどんな時にガミガミ吠えたいのでしょうか?
(その2に続く)

いつもそこにあるけれど

地下鉄から出てふと顔をあげたとき、建物から出て正面に見えたとき、「わっ♪」って嬉しくなちゃうのが東京タワー。

小さいときからずっとそこにあるのに、もう何度となく見てるのに、まるで空に虹を見つけたような高揚感。「やった〜!東京タワーだ!」って思うのです。

昨夜も歩いていて角をひとつ曲がったら、東京タワーがバーン!煌々と輝いていました。今、新しいスターが完成しつつあるけれど、やっぱりあなたの存在感は変わらない。

走るダイニング

高速ダイニング(別名、新幹線)にて、いつものランチタイム。熱海への40数分はちょうどいいお食事タイムなのです。

このお弁当はこじんまりしていますが、おかずがタテに突きささった状態で詰まっているので結構な量です。さすが老舗日本料理屋さん、良心的。それに、お弁当に「鴨」とは。・・・って、かなりお弁当の量あれこれにこだわりを見せていますが、じつはわたしにとって重大問題。ヒプノセラピーしてると、なんでこんなにお腹がすくの?というぐらいお腹がぐーぐーになるのです。だから、セッションの前にがっつりいただいておかないと2セッションめで燃料切れになりかねない。(このお店、セッションの時間が遅いときしか開いていないのが残念。)

この秋は足繁く熱海に出張していますが、ぜんぜん富士山いませんね〜(今年は一回もお目にかかってないかも・・・。お出かけ中か?)。

来週は富士山見ながらランチできますように♪

PS きょうは東京に戻ってくるまでぜんぜんお腹がすかなかった!良質老舗弁当の底力!

越冬準備完了 (^_^)v

夕方のお散歩・・・といっても、すでに闇に包まれています。あちこちにきらきらクリスマスツリー。そして、ひときわ目をひくトラディショナルヨーロッピアンなクリスマスツリーたち。

じつはこのお店、一年中こんな感じなのです。「Chiristmas Company」というクリスマス用品のお店。もちろん、12月しかお客さんが入らないのですが、それでもず〜っと昔から変わらず年中この佇まい。その心意気が好きです。

さて、きょうはようやっと、越冬すべく衣類の入れ替えをすませました。

衣装部屋、今風に言えばウォークインクロゼットがあれば毎回こんなに苦労しなくていいのに〜(あ〜、サリーちゃんになりたいっ!)。例年に比べたらかなり遅いのですが、ついに寒さに耐えかねて重い腰を上げましたよ。

部屋いっぱいに積み上がった収納する夏服。でもほとんど手つかず。着ていないので洗う必要もなし。ってことは、どうやら3〜4着のローテーションのみで夏をのりきってしまったよう。つまり、この3〜4着着がクロゼットにかかっていればOKだった・・・ということです。となると、おそらく冬ものもこんなに山のように出しているけれど、じつはこの中の数枚しか着ない可能性大です。

なぜそうなるのか?その年の気候、気分、体型、トレンドなどから、着たくないものは着られない。服ってやっぱりそのときの自分のエネルギーを反映しているので、いくら高いお金を出して買ったとしても(そういうのはめったにないです)、気に入っていても、そのときの自分のエネルギーにあわないとまったく袖を通すことができないのですよね・・・トホホ。

今年の自分らしいな〜と思う夏服はどうやら4着ほどでした。不思議と何年も放置してあって、ぜったいこれは着ないというものが好きだったりします。

と、言いつつもたいそうな量の冬服をいつもどうりにクロゼットに並べましたよ。ほとんどお飾りとなるでしょう。

わたしがいつも着たきりスズメでも「この人、お洋服が少なくて可愛そう」と思わないでくださいね〜(汗)。

のんびり表参道

きょうはお休みで〜す♪お天気もよく、のんびりお友だちと表参道デート。

ランチのお店は、ブログにも何回か登場したフレンチガレットのお店の「ル ブルターニュ」。

開店前から、お店の前には外人さんグループがすでに群がっています(本場の味なのでしょうね!)。そしていつものように、お店のフランス人のおじさまが「ボンジュール!」とにっこりと出迎えてくれます。香りのいいバターで焼いたそば粉のガレットは香ばしくってやみつき。本日、わたしはグリュイエルチーズ、マッシュルーム、ポテト、目玉焼きを所望。文句なく、おいしい♪食後にいただいたカフェオレもすごくフレンチです。

お腹が満たされたわたしたちは、チョコレート屋さん、バッグ屋さん、アクセサリー屋さん、雑貨家具屋さん、お洋服屋さんを次々徘徊。そして、次なるお茶タイムは、またまたわたしの行きつけであり、お仕事場にもさせていただいている「アニバーサリー」さん(こちらでは、スウィーツをいただきながらのお茶会レクチャーを開催させていただいています)。

悩んだあげくチョイスしたのは、ふたりともモンブラン。あちこちに栗いっぱい!そして、いつもお世話になっているマネージャーの清水さんにも久しぶりにお目にかかれたし満足満足。

お茶をいただいているお隣で、「和光市40周年」のシュガークラフトの大きなケーキが制作されていました。和光市の市役所にでもしばし飾られるのでしょうか?こちらのシュガークラフトはどれも芸術です。そして、シュガーなだけに、あま〜いいい香りがして心がなごみます。

 

My書斎

「よく行く」というレベルを越えて、朝な夕なに出没するのがスタバ。徒歩圏内に5件もあるのですが、幸いなことにいちばん近所がお気に入り(友人は心得ていて、わたしがいないとこのスタバをのぞきにくる。で、ビンゴ!なわけです。)

じつはうちのソファーで本を開こうものなら、ものの十分でもれなく気絶(?)。その後うっかりすると、一時間どころか平気で二〜三時間は時がワープしてしまう始末(汗)。

だから、もっぱらわたしの書斎は適度に人目があり、緊張感があり、雑音があり、そしておいしいコーヒー&スウィーツがあるスタバで、ここなら読書にしろ、お仕事にしろ、打ち合わせにしろ、はかどるはかどる!

店内はクリスマスソングがかかり、すでにホリデームード。外もきらきらイルミネーションで、この季節独特の華やかさです♪

魔女、三者会談の夕べ

以前から行きたいと思っていた銀座の「日水土」でお食事。ここはフレンチシェフが手がけるお野菜盛りだくさんのヘルシーなお店。

ウサギのように自然栽培のお野菜をバリバリいただきながら・・・も、話題はじつ〜にヘビーでありました。

人が何代もの人生の中でそうそう体験しないであろうこと・・・が突然降りかかちゃった友人。人はそれを「悲惨」と呼ぶでしょう。それを三人で、なぜだかゲラゲラ笑いとばしている、という不思議な光景(どう考えたって、こりゃ笑い話にならないでしょ〜と思うのですが・・・。こういう自然食系のお店に来たのも、エネルギーが中和されてよかったかも!)

様々な智慧を頭で理解していたとしても、いざ自分の人生にコトが起きればなかなかその智慧を「生きる」のはむずかしいものです。が、その友人はまさにそれをやってのけ、ふつうの人なら何年、あるいは一生ひきづりそうなところをみごとに数日でクリアしてしまったのです。つくづく、「人生で起るコトが問題なのではなく、それにどういう意味を与えるのかで天国の扉も地獄の扉も開く」と実感。

そして、その体験をシェアしていただく、という恩恵にあずかったのです。「体験して知る」ことがここにいるわたしたちの目的ですが、ふつうは自ら体験して「よくわかった!」と卒業するところを、わたしは自分で身体をはることなくそれを学ばせていただいたようなもの。実地に体験して卒業することもできるし、人の体験に共感しつつ(自分ではその体験をしなくても)心から理解することで卒業することもできるのですよね。

だから、人に共感する力が強まると人生の流れが早くなります。わざわざ自分でコトをこしらえ体験する必要がなくなるのです。しかし、人をみて「あの人って信じられな〜い。あんなことしちゃって・・・」と裁こうものなら、それが理解できるようになるまで自分も同じ体験をするハメになっちゃいます。だから、人を受け入れること、共感すること、裁かないことってとても大切。

さて、超ド級にヘビーな話しをしながらいただいたメニュー。お野菜のアミューズ、サラダ、そしていろいろなお料理の盛り合わせ、そして玄米ごはんと具だくさんのお味噌汁。自然食レストランにありがちな、健康だけど味は今イチ、ということは決してなく、すご〜くおいしいです!(味がちゃんとわかってたか?って、...はい、それでもちゃんとおいしかったです・笑)

こういうレストランのデザートはたいてい不発だったりするのですが、さすがフレンチシェフ、かなりの高得点!!盛り合わせを三人で分けてあまりにおいしいので、ついには一人一皿アイスクリームの盛り合わせをおかわり。ここのシュークリームとバニラアイスはかなりおススメです。

この魔女友とは長いおつきあい。わたしもかなりシリアスにヘコんでいるとき、思いっきりワハワハと笑い飛ばされちゃったりして、いっぺんに悲惨さが笑い話しになっちゃうこのパワー。そう、笑っちゃうが勝ち!ほんとうに「気づいて」、それを実際に生きている人たちのエネルギーは軽い。いつもいっぱい助け船を出されて、わたしの遭難事故レベルのピンチも幾度となくカスリ傷程度におさえられています。あらためて魔女友に感謝です!

PS.  この「日水土」、ランチでも夜とメニューがさほど変わらず、かなりよさげですよ♪